あさが来た|へぇさんの山崎平十郎がモデルの中川小十郎と違い過ぎる点

 

朝ドラ『あさが来た』では、あさは萬谷に刺され命の危険に瀕しますが

何とか生還しました。

 

しかしこれにより女子大学校の設立は遅れが出そうですね~

あさは何といっても資金集め担当ですから、大きなダメージになりそうです。

 

ところで女子大学校の設立で気になるのが、へぇさんこと山崎平十郎です。

 

加野銀行の支配人である平十郎はあさの女子大学校を「道楽」と言って

バッサリと斬り捨てましたし、あさが刺されたのは「お前のせい」と

成澤泉を一喝しました。

 

このあたりは平十郎のモデルとなっている中川小十郎とは違い過ぎますので、

ご紹介しておきます。

 

へぇさんの山崎平十郎がモデルの中川小十郎と違い過ぎる点

 

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以前の記事で、平十郎の加野銀行の入社時期や経歴が大蔵官僚(中川は文部官僚)

などの違いはご紹介しました。

 

そして実は中川は、成澤泉のモデルの成瀬仁蔵の紹介で加島銀行に入行しています。

 

そのため中川と成瀬は旧知の仲であったことから、ドラマのように平十郎が成澤を

糾弾するようなことはあり得ません。

 

さらに中川は当初から日本女子大学校の設立に協力的でした

(この時点では加島銀行へ入行していない)

 

そして中川は現役の文部官僚でありながら、日本女子大学校創立事務嘱託を務め

これをサポートしました。

 

後に中川は広岡家の中核事業の役職を歴任し、さらには生命保険会社三社の合併による

大同生命の誕生という難しい仕事も成し遂げます。

 

そのため広岡浅子からの信頼も非常に厚く、グループ内でも確固たる地位を築きますが、

大同生命が誕生した翌年にすべての職を辞して広岡家から去ることになります。

 

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これはかねてからの教育への情熱を捨てきれず、新たな高等教育機関の設立の

ためでした。

 

当時の帝国大学(東京及び京都)は制度上、旧制高等学校を卒業しなければ

入学できないことから、中川は能力や意欲のある人に学ぶ場を提供するために、

京都法政学校を設立します。

 

もちろん広岡浅子もこのような中川の構想に援助しますが、これがのちの

立命館大学です。

 

このように浅子は当時の帝国大学が門戸を閉ざしていた女子に学ぶ場を提供し、

中川は同じように帝国大学入学の要件を満たしていない者に学ぶ場を提供したのでした。

 

浅子と中川はいわば同じような教育理念を持っていたのでしょうね~

そのためドラマのように平十郎があさの女子大学校を「道楽」などと言うことは

考えられないのです。

 

とは言え、『あさが来た』はあくまでも史実をベースにしたフィクションですし、

ドラマを盛り上げるには事あるごとに暴走するあさをピシャリと叱る人物も必要と

考えたのでしょう。

 

そういった役割をへぇさんこと山崎平十郎に担わせたようです。

 

また史実の中川は実務家として辣腕を振るいながらも、教育者という側面も

ありましたが、ドラマではややこしくなるので実務家のみに留めたのでしょう。

平十郎が文部省ではなく、大蔵省出身という設定もそのあたりが狙いだと思います。

 

かなり史実と造形が異なってしまった平十郎ですが、なんらかんらで

ドラマではいい味も出していますね。

 

まぁ~このあたりは割り切って見たほうが楽しめますね♪

 

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