あさが来た|栄三郎は実業家としていつ覚醒するの?史実の広岡正秋は?

 

朝ドラ『あさが来た』では、あさが新たに買収した九州の炭鉱から

たくさんの石炭が産出されたことから加野屋は歓喜に沸きます。

 

江戸時代には大阪でも一、二を争う両替商だった加野屋も、

明治維新の際の銀目停止や廃藩置県の際の旧債の棒引きなどで

大きなダメージを受け、綱渡り的な経営が続いていました。

 

しかし新たな炭鉱から産出された大量の石炭により、加野屋の経営も

かなり安定するでしょうし、第二創業期ともいえる多角経営に転じることになります。

 

山王寺屋のように破産とはならなかったものの、瀕死の状態だった加野屋ですが、

これで息を吹き返しますし、あさを中心にさらなる攻めの経営

推し進めることになりそうです。

 

ところで加野屋の当主でありながら、今ひとつ存在感が薄いのが栄三郎です。

 

以前は気の小ささや優柔不断ぶりも目立ちましたが、さちと結婚して

自覚も生まれたのか、栄三郎も少しずつ逞しくなってきました。

 

ただし、大阪の大商人だった正吉の跡継ぎとしては、まだまだ実業家として

物足りない面も否定できません。

 

栄三郎が加野屋の当主として、そして実業家として覚醒するのはいつなのでしょうか?

モデルの広岡正秋と照らして考えてみました。

 

栄三郎は実業家としていつ覚醒するの?史実の広岡正秋は?

 

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まず以前の記事でも書きましたが、広岡正秋はかなり前から

一人前の実業家でした。

 

ドラマでも「大阪カンパニー構想」として描かれた、五代友厚が創立した

通商会社や為替会社の頭取を務めていましたし、義姉の広岡浅子とともに

全国を奔走した資料も残されています。

 

かなり前から一人前の実業家として活躍していた正秋ですが、それに比べて

ドラマの栄三郎がグズグズなのはやはり年齢設定のせいでしょう。

 

史実の正秋は浅子よりも5歳年上ですが、ドラマの栄三郎はあさよりも

7歳年下という設定です。

 

確かあさが加野屋に嫁入りした際には、栄三郎はまだ9歳くらいでしたよね!

 

さすがにそんな栄三郎があさを差し置いて活躍するのは物語上ムリもありますし、

その成長過程も描きたいところ。

 

なのでドラマでは栄三郎は実業家への階段を一歩、一歩登っていくように

描かれているのでしょう。

 

また栄三郎が気が小さいキャラとなっているのは、原案本の「土佐堀川」

の影響が大きいのですが、実際はそうでもなかったような気もします。

 

確かに義姉の浅子ほど豪快で大胆な発想はなかったものの、何らかんら言って、

当時としては常識外とされた浅子のプランに賛同していますから、

正秋もそれなりに腹をくくれる人物だったと思われます。

 

で、話を栄三郎がいつ一人前の実業家になるかに戻しますと、

恐らく加野銀行の開業あたりでしょう。

 

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さすがにドラマでも史実の正秋と同じように、加野銀行の頭取には

栄三郎が就任すると思われます。

 

女子行員の登用などで加野銀行の経営は順調に進むと思われますが、

その後大阪恐慌に襲われたりなど困難も発生します。

 

その際にあさとともに栄三郎は難しい経営判断などに迫られますから、

大きく成長すると思われます。

 

さらには加野銀行の開業とともに、栄三郎が信頼を置いている大番頭の雁助も

加野屋を去りますから、なおさら逞しくなりそうですね♪

 

そしてその後に栄三郎は、加野屋が設立する生命保険会社の社長として

手腕を発揮することになりそうです。

 

現在の栄三郎からは辣腕ぶりは想像しづらいですが、

大きく成長することにもなりそうです♪

 

栄三郎の今後に期待しましょう!!

 

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