あさが来た|はつの生涯や今後のドラマと史実の違い!死期や死因は?

 

朝ドラ『あさが来た』では、今井家の姉のはつ(宮崎あおい)が

山王寺屋に嫁入りしていきました。

 

しかし山王寺屋には口うるさく、プライドが非常に高い姑の(萬田久子)

がいますし、夫となる惣兵衛(柄本佑)も何だかねじ曲がった

性格のように思われます。

 

いかにもはつは苦労しそうな状況ですし、それに加えて世の中の時代の波によって

山王寺屋も没落してしまいます。

 

以前にもお伝えしましたが、はつは運命に翻弄され、

かなりの困難に直面することとなります。

 

ですが、はつも今井家の娘らしく根性のあるところを見せて、

その困難に立ち向かっていきます。

 

キャストが宮崎あおいさんだけに、幸薄い生涯のようにも思えますが、

そうではありません。

 

ところではつの生涯や今後は、史実とドラマではどのように違うのでしょうか?

はつのキャラクターの相違点などと併せてご紹介します。

 

 

ここまでのはつのキャラクターや設定についての相違点

 

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ここまでのはつのキャラや設定についての史実とドラマの違いを、

簡単にまとめてみました。

 

〇はつはあさの実の姉ではない

はつのモデルの三井春はあさのモデルの広岡浅子の異母姉です。

 

〇実際に賢かったのはあさのほう

ドラマではあさはおてんばで、習い事などははつのほうが遥かに得意。

はつはあさよりも利発に描かれています。

 

しかし史実では、浅子はドラマ同様にかなりのおてんばでしたが、

春よりも賢い娘でした。

 

実際に父の三井高益(ドラマの忠興にあたる人物)は、あさの賢さを見抜いて

可愛がったといいます。

 

〇嫁入り後、すぐに出産していた

春は天王寺屋(ドラマの山王寺屋のモデル)に嫁入り後、すぐに子供を産んでいます。

しかも立て続けに2人です。

 

そのためドラマのように姑から、子どもができないことを責められたり

してはいないはずです。

 

と簡単に、はつとそのモデルとなった春のキャラや設定の違いをまとめてみました。

 

実際は、すべてにおいてあさのほうが優秀だったようです。

でもそれではストーリー的に盛り上がりませんよね~

 

このあたりは目を瞑ったほうが、ドラマが面白くなるはずです

 

はつの今後や生涯の相違点。死期や死因は?

 

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はつの今後や生涯についても、ドラマと史実では大きく異なるようです。

 

ドラマのはつについて現時点でわかっていることは、

山王寺屋の没落→貧民街に身を落とす→郊外の農村に夜逃げ→

和歌山の三井家の地所を借りる…です。

 

しかしドラマの原作となった「土佐堀川」には、はつは貧民街に身を落とした後は、

一切登場しません

 

その理由は、はつはその後すぐに亡くなったからです

 

史実の春は明治5年(1872年)ごろに25歳くらいで亡くなっています

(このあたりは諸説ありますが、概ねズレは2、3年です)

 

ドラマのはつが嫁入りしたのが1865年ですから、およそその7年後には

亡くなっているということです。

 

春の死因は病死です。具体的な病名こそ不明ですが、嫁ぎ先の天王寺屋が没落した後は

相当の苦労をしますから、恐らくそのせいで何らかの病気にかかったのでしょう。

 

しかしドラマ『あさが来た』では、はつはそんなに早死にしません!

 

先に述べたように、ドラマでははつや惣兵衛一家は和歌山に向かいますが、

それは明治10年(1877年)のことです。

 

とすれば、ドラマでははつは史実よりも少なくとも5年は長生きすることになります

 

その後のドラマの展開は現時点では不明です。

恐らくドラマ内で亡くなるような気もしますが、

それはドラマの終盤になりそうですね。

 

やはりこのドラマの大きな見どころとなっているのは、

新次郎とあさの夫婦愛はもちろんですが、

あさとはつの姉妹愛も負けてはいないでしょう。

 

過酷な運命を辿るはつですが、そんな中にあってもあさを羨むことはなく、

純粋に姉妹愛を貫くことに視聴者は共感を覚えると思います。

 

なので、宮崎あおいさん演じるはつはまだまだ見納めにはなりません♪

はつの今後の奮闘を期待したいですね!!

 

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