朝ドラあさが来た|山王寺屋眉山惣兵衛のモデルやその運命は?

 

朝ドラ『あさが来た』では、ヒロインの今井あさ(波瑠)の姉はつ(宮崎あおい)は、

幼い時から大阪の両替商・山王寺屋の嫡男である眉山惣兵衛(柄本佑)の許嫁です。

 

惣兵衛は不愛想で時に傲慢な態度をとることもあり、

妹のあさも惣兵衛のことを「白ヘビ」と呼び、はつの心配をしてしまいます。

 

また惣兵衛は心の底に何か屈折した感情のようなものを抱いており、

なかなか他人と打ち解けません。

 

そんな山王寺家の跡取り息子の惣兵衛ですが、実在の人物でモデルはいたのでしょうか?

その運命などと併せてご紹介していきます。

 

山王寺屋・眉山惣兵衛は実在?モデルは?

 

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眉山惣兵衛のモデルですが、当時の大阪で両替商を営んでいた天王寺屋五兵衛です。

 

この天王寺屋は大阪でもっとも歴史ある両替商で、はつが嫁入りした当時は

大阪でも一番大きな両替商で豪商でした

 

天王寺屋

(天王寺屋があった高麗橋周辺の様子)

 

この天王寺屋五兵衛は、代々天王寺屋の主となる者が名乗る名前です。

なので、惣兵衛は〇代天王寺屋五兵衛ということになります。

 

〇代としたのは、明確な資料がないので何代目かよくわからないということです。

 

ドラマ『あさが来た』では惣兵衛の山王寺屋は、その代で没落し両替商も廃業します。

 

そのため史実でもこの惣兵衛のモデルとなった天王寺屋五兵衛は、

天王寺屋の末代であることが濃厚です

 

天王寺屋は大店の両替商でしたが、幕末から明治維新の動乱期の

大きな社会の変化についていけずに、明治初期に破産し没落しています

 

天王寺屋を経営していた大眉家も、明治の半ばに家督が途絶えてしまっています。

そのためドラマの惣兵衛にあたる人物の資料もほとんど存在しない状態です。

 

※追記

その後明らかになった資料では、明治12年(1879年)の大阪の長者番付に

大眉五兵衛の名前があることがわかりました。

 

とすれば天王寺屋はドラマの山王寺屋のように明治4年(1871年)の

廃藩置県の旧債の棒引き時ではなく、明治12年以降に破産・没落した

ことになります。

 

惣兵衛やはつのその後の運命は?

 

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ドラマではフィクションが大幅に入りますが、眉山惣兵衛とはつのその後は

好意的に描かれるようです

 

両替商として没落したものの、はつの優しさもあって人間性を取り戻す惣兵衛や

和歌山の田舎で農民として再出発する眉山家の様子が描かれるようです。

 

惣兵衛ははつとの結婚を契機に少しずつ変わりはじめ、

はつの強さや優しさを知っていくほどに変っていきます。

 

もちろんこれは物語の先のほうですが、かなり冷たかった惣兵衛の心も、

はつとの触れ合うことによって、人間臭さを取り戻していくでしょう。

 

大金持ちではなくなってしまった惣兵衛やはつ、眉山家の人びとですが、

幸せの形も人それぞれです。

 

両替商としては没落していく山王寺屋ですが、失うものも大きかった反面、

とても大切なものも得ていくはずです。

 

大阪の有力な豪商でいた時には、わからなかった幸せを惣兵衛は掴むようにも思えます。

 

惣兵衛が人間的に変っていく姿やそれを献身的に支えるはつ、

大阪一の両替商の奥方としてプライドの高い惣兵衛の母・菊(萬田久子)らが、

時代の荒波に飲まれても逞しく生きていく姿に注目ですね♪

 

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