あさが来た|加野銀行の最大の危機は大阪金融恐慌!取り付け騒動とは?

 

朝ドラ『あさが来た』では、どうも不景気によって女子大学校の寄付金が

思うように集まらないばかりか、加野銀行の収益にも不安が出てきました。

 

これは史実の日清戦争後の不景気(恐慌)を下敷きにしており、

ドラマの舞台となっている明治30年代の初頭は、日本は不景気に苦しんでいました。

 

やはり戦争が勃発すると重工業を中心に需要が飛躍的に増え、

さらには様々な物資も必要となることから、製造業も伸びて好景気をもたらします。

 

しかしひとたび戦争が終結してしまうと需要は一気に減りますから、

物余りのとなり、輸入も超過状態となり景気は低迷し、恐慌さえも招いてしまいます。

 

戦争を放棄していなかった戦前の日本の経済は、このように戦争によって

激しく浮き沈みしていたので、経営者にとっては先を読むことには一苦労でした。

 

ところがその後、加野銀行はドラマ内の最大の危機を迎えることになります。

 

それが明治34年(1901年)に実際に起こった大阪金融恐慌です。

 

この恐慌によって生じた取り付け騒ぎに加野銀行も巻き込まれ、

経営危機さえ招きかねない状況に陥ることになります。

 

取り付け騒動

(昭和恐慌の時の取り付け騒動)

 

加野銀行の最大の危機は大阪金融恐慌!取り付け騒動とは?

 

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まずは以前の記事で加野銀行が女子大学校へ資金を流用しているという

デマが生じた際に、債権者が銀行に殺到しましたね。

 

わたしはこの事件は大阪金融恐慌をベースと事件だと勘違いしてしまいましたが、

ドラマでは正面からこの恐慌が加野銀行を襲う様子が描かれるようです。

 

当時の記事を読んでいただいた方にはお詫びをするとともに、

改めて大阪金融恐慌についてご紹介します。

 

ドラマでは難波銀行が倒産するとのデマが大阪に広がり、

銀行が危ないということで多くの預金者がパニック的に預金の引出しに走る

「取り付け騒動」が起こります。

 

既に大阪でも大手銀行になりつつあった加野銀行へも、取り付け騒動が波及して、

多くの預金者が殺到します。

 

取り付け騒動が生じた際に、預金者の預金引き出しに無制限に応じてしまっては

運転資金のショートも考えられるので、当時は臨時休業などをして

預金の一時支払い停止などをする銀行も続出しました。

 

加野銀行にも多くの預金者が殺到していることから、

預金の払い戻しに応じるかどうかの難しい経営判断が迫られることになります。

 

加野銀行内でもこれを巡っては意見が割れ、支配人の山崎平十郎は

支払いの一時停止を主張しますが、頭取の栄三郎は支払ったほうがいいと主張。

 

しかし、この問題を解決したのはやはりあさでした。

 

あさは渋沢栄一から学んだ信用第一の考えを実践し、思い切って

預金の引出しに応じます。

 

そうしたほうが加野銀行の信用が増し、恐慌さえ収まれば、

むしろ預金者が増えると判断したからです。

 

ただし、問題は預金の支払いに自己資金がどこまで耐えられるかということです。

 

加野屋でも預金の支払いに応じたことを不安視する声も上がりますが、

数日後に日銀の救済融資が決まり、加野銀行は何とか大阪金融恐慌を乗り切ります。

 

まさにあさの読みは的中し、その後は加野銀行の信用が増し、

預金者が増えることになります。

 

史実の大阪金融恐慌はどうだった?

 

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ドラマは原案本の「土佐堀川」のエピソードをモチーフにして、

大阪金融恐慌を描いています。

 

で、史実はどうだったかと言えば、明治34年(1901年)に

第七十九銀行の支払い停止を発端として、取り付け騒動が

全国に飛び火しました。

 

大阪でも大規模な取り付け騒動となり、老舗両替商を前身にした

逸身銀行などが経営破たんしました。

 

日本銀行の大阪支店が救済融資をすることで騒動は収まりますが、

多くの銀行がダメージを受け、その後に経営破たんしたものも

少なくありませんでした。

 

加野銀行のモデルの加島銀行の対応は不明ですが、

この大阪金融恐慌を境に預金額を伸ばしていることから、

もしかしたらドラマと同じような対応をしたのかもしれません。

 

広岡浅子が経営に関わっていた時代の加島銀行は、けっこう強気な経営手段

をとっていましたから、このような対応をとったとしても不思議ではないと思います。

 

ドラマではあさが両替商時代の加野屋が経験した銀目停止の際の対応も、

活かされているようですね。

 

あの時も加野屋に殺到した多くの庶民に対して、銀手形を換金したことが

後の信用につながりましたね。

 

この大阪金融恐慌は、ドラマ内の加野銀行の最大の危機として描かれるはずです。

 

しかし最終的には加野屋の経営陣は一丸となってこれに立ち向かい、

信用第一という基本的な姿勢を貫いたことで何とか乗り切ることになるでしょう。

 

今回のポイント

 

①ドラマの舞台の明治30年代初頭は深刻な不景気だった

 

②大規模な取り付け騒動が起こった大阪金融恐慌で倒産する銀行も多かった。

 

③信用第一という姿勢を貫いた加野銀行は、恐慌後に顧客を増やした

 

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