あさが来た|栄三郎とさちの子供・娘はどうなる?モデルは誰?

 

朝ドラ『あさが来た』では、いよいよ加野銀行が開業しました!

 

銀行の開業はかねてからのあさの念願でしたし、時代の波も

銀行化へと向かっていましたね。

 

新たに開業した加野銀行の頭取には、加野屋の当主である栄三郎が就任し、

支配人には山崎平十郎が就きます。

 

あさは加野銀行の役職者とはなりませんが、もちろん栄三郎をバックアップする

存在となります。

 

そして頭取となった栄三郎は、以前にも増して逞しくなりましたね~

今後は実業家として大いに成長することになりそうです。

 

そんな栄三郎でしたが、嫁のさちとの間に子供が生まれました。

 

一人娘のようですが、この子はどうなるのでしょうか?

そのモデルとともにご紹介していきます。

 

大同生命 大阪ビル

 

栄三郎とさちの子供・娘はどうなる?モデルは誰?

 

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まず栄三郎とさちのモデルは広岡正秋・なつ夫婦です。

 

実際にふたりが結婚した正確な日時は不明ですが、明治23年(1890年)に

娘の郁子が生まれます。

 

リアルの正秋はドラマの栄三郎よりもかなり年上で、なかなかなつの間にも

子宝に恵まれなかったようで、郁子が生まれた時には正秋はすでに

46歳になっていました。

 

この郁子こそ、ドラマの栄三郎とさちの娘のモデルですが、

詳細についての資料はほとんど見当たりません。

 

しかしその後、正直という同い年の男性を婿にとって結婚し、

この広岡正直こそ、大同生命の四代目の社長になる人物です。

 

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大同生命は初代社長に正秋、二代目の社長が恵三(ドラマの千代の婿)、

そして三代目社長が正直、四代目の社長が松三郎(恐らくドラマの藍之助)

という流れで4代にわたって広岡家が社長を輩出することになります。

 

また正直はその後も茨木カンツリー倶楽部を立ち上げたり、

日本ゴルフ協会理事を務めるなど、ゴルフ業界に進出したようです。

 

大同生命の社長を務めたり、日本ゴルフ協会の理事に就任するなどしたことから、

この正直も優秀な人物だったのですね。

 

そして正秋の娘の郁子も夫の正直も昭和53年(1978年)にともに亡くなりますが、

88歳という長寿でした。

 

他の記事でも書きましたが、父の正秋は大同生命の社長の在任中に無念の死を

遂げることになりますが、娘夫婦は長生きしたのですね~

 

この郁子をモデルとした栄三郎の娘が結婚したり、夫となる人物が

生命保険会社の社長になることなどはドラマで描かれるかは微妙です。

 

しかし史実上も栄三郎の娘は、将来的に家業の社長を務める立派な人物と結婚し、

家業をしっかりと継いだのでした♪

 

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