あさが来た|加野銀行の女子行員の採用は驚くほど画期的だった!

 

朝ドラ『あさが来た』では、あさは加野銀行の開業に奔走することになります。

 

この加野銀行を巡っては、加野屋内でも大番頭の雁助と対立するなどして

一筋縄にはいきません。

 

また当時は銀行の設立ブームで、日本全国に雨後のタケノコのように

銀行ができた時代です。

 

そのため開業した銀行の経営を軌道に乗せるのも一苦労ですから、

あさは当代きっての実業家で「銀行の神様」と呼ばれる渋沢栄一

アドバイスを求めることになります。

 

そしてあさが設立・開業することになる加野銀行の大きな目玉は、

女子行員の採用です。

 

今では銀行の窓口はほとんど女性ですが、当時としてはこれは非常に画期的だったのです!

 

加野銀行の女子行員の採用は驚くほど画期的だった!

 

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加野銀行が開業するのは、モデルとなった加島銀行が開業した

明治21年(1888年)ころのはずです。

 

当時は江戸時代よりは女性の社会進出は進んだものの、

その多くは工場で作業に従事する女工で、その他には子守や飯炊きなど。

 

またドラマの加野屋のように大きな商家では女性の奉公人も多く抱えていましたが、

あくまでも家事などの内部のことを担当し、客の前に出ることはほとんどありませんでした。

 

現在のデパートの前身となった呉服屋でも接客は男性が担当していましたし、

もちろん銀行も行員は男性です。

 

当時は女性が人前で働いたりすることは、食堂の女給などを除いてはほとんどない時代。

 

それにも関わらず、あさは銀行の窓口担当に女性行員を採用します。

 

これは驚くほど画期的であるとともに、大きな賭けでした。

 

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当時は既婚女性は法律的に無能力になるなど、女性の地位と社会的信用も低い時代。

 

その女性をお金を扱う銀行の窓口担当に据えるというのは、

ひとつ間違えば銀行の経営を左右しかねないことです。

 

そのためあさは女性行員たちを徹底的に教育して、

どこへ出しても恥ずかしくないような一人前の銀行員へと育てあげます。

 

根方銀行

(明治28年に開業した根方銀行(現スルガ銀行)の写真。

従業員は全員男性です)

 

このエピソードは女子行員を採用した加島銀行の広岡浅子の実話を

下敷きにしていますが、加島銀行の場合はこの女子行員の採用は吉と出ます。

 

揃いの制服(袴と着物)を身に付けた加島銀行の女子行員たちの笑顔の丁寧な接客は、

目新しさも相まって大いにウケたそうです。

 

また商業簿記やソロバンなどを徹底的に叩きこまれた女子行員たちの事務処理能力も

相当だったようで、女子でもこのような仕事が務まることを証明しました

(現在では当たり前ですが…)

 

もちろんこれも銀行の乱立する中で生き残っていくためにひねり出した、

広岡浅子のアイデアです。

 

しかも浅子のやることには理解のあった夫の信五郎や義弟の正秋も

当初は大反対したといいますから、女子行員の採用は当時としては

本当に「非常識」だったのでしょう。

 

しかし浅子はこの女子行員の教育の際に、女子教育の向上や拡充の必要性を痛感し、

後の女子大の設立につながっていきます。

 

このあたりの流れはドラマでも同じように描かれそうですね♪

 

ちなみに本格的に女性が社会進出をはじめたのは、大正時代になってからです。

(「職業婦人」という言葉も登場します)

 

加島銀行が開業してから、およそ20年も後のことです。

 

それほどまでに女子行員の採用は時代を先取りしていたのですね♪

 

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