わろてんか|お笑い忠臣蔵は検閲を通過するの?公開やヒットは?

 

朝ドラ『わろてんか』では、北村笑店の映画第一弾の「お笑い忠臣蔵」

苦戦することになります。

 

てんや伊能のアイデアにより、なんとか恋愛色を隠して検閲を通過させよう

としますが、新世紀キネマの密告もあってうまくいきません。

 

他方で北村笑店も機材や人材を揃えた以上、簡単に映画づくりから撤退できない

状態となっています。

 

悪いことは重なるもので、新聞が北村笑店が恋愛映画を作っていると報じたり、

朝ドラではお馴染みの大日本婦人会と思われる婦人団も抗議にやって来ます。

 

まさに八方ふさがりのような北村笑店の映画作りですが、「お笑い忠臣蔵」は

検閲を通過して、公開することはできるのでしょうか?

 

 

お笑い忠臣蔵は検閲を通過するの?公開やヒットは?

 

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結論から申し上げると、伊能が映画作りから身を引くことで「お笑い忠臣蔵」は

検閲を通過することになります。

 

新世紀キネマの工藤は内務省に伊能を自由主義の危険人物とリークしており、

内務省は作品云々というよりも伊能の存在を問題視していたようです。

 

そのため他の記事でもご紹介しましたが、伊能は「お笑い忠臣蔵」を公開させる

ために北村笑店映画部の顧問の職を辞してアメリカに渡ることになります。

 

また新世紀キネマの工藤の狙いもどうやら伊能の映画界からの追放だったらしく、

それ以降は北村笑店に攻撃を仕掛けてくることはありません。

 

つまり伊能が映画界から去ることで、「お笑い忠臣蔵」は検閲を通過して、

公開の運びとなります。

 

と言っても「お笑い忠臣蔵」が検閲を通過するのは、伊能がアメリカに旅立って

半年ほど過ぎた昭和15年(1940)年の4月となります。

 

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映画の制作がスタートしたのは前年のことですから、検閲を通すだけで1年ほど

かかった計算になりますね。

 

しかしこれまでの伊能らの頑張りがあったせいか、「お笑い忠臣蔵」は封切りと

同時に大ヒットすることになります。

 

この映画にはモデルとなった作品はありませんが、戦前に制作された吉本興業部の

映画は軒並みヒットを記録したので、このあたりの流れを踏襲したようですね♪

 

北村笑店制作の第一弾となる「お笑い忠臣蔵」のヒットを受けて、次々に芸人たち

をキャストとする映画が制作されると思いきや、ドラマでも昭和16年(1941年)

12月の太平洋戦争が勃発します。

 

以降は悪化していく戦局、そして統制されていく庶民生活などが描かれるため、

北村笑店の映画の件は「お笑い忠臣蔵」で一区切りとなるようです。

 

とは言え、伊能やてん、風太や栞らが身を削って制作した「お笑い忠臣蔵」に

注目ですね~

 

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