べっぴんさん|栄輔の男の着こなし講座のモデルは?友情が熱い!

 

 朝ドラ『べっぴんさん』では、エイス倒産後の栄輔は潔の下に

身を寄せることになります。

 

倒産によってすべてを失ってしまったようで、住む家さえないようです。

 

しかし潔は義理・人情に厚い人物ですね~一時はオライオンに

挑戦的だったりした栄輔を最後まで見捨てません。

 

しかもその後はオライオンの紳士服ブランドを立ち上げるのですが、

その販促としておこなう「男の着こなし講座」の講師として

栄輔を起用しようとします。

 

当初はエイスの倒産に責任を感じて拒む栄輔でしたが、最終的には

これを引き受けることになります。

 

一時は日本のファッション業界のリーダー的な存在の彼でしたから、

その集客効果は目覚ましく、まさにオライオンのバックアップとなります。

 

そんな栄輔が講師を務める「男の着こなし講座」のモデルをご紹介します。

 

 

栄輔の男の着こなし講座のモデルは?友情が熱い!

 

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まず前提として栄輔のモデルのVANの石津謙介ですが、

VAN倒産によってすべてを失っています

 

成城にあった自宅はもとより、四谷の旧宅も抵当に入っており、

立ち退かなくてはならない状態でした。

 

ところがドラマの潔のモデルのレナウン会長尾上清は、お金を石津に貸して、

四谷の旧宅を債権者であった丸紅から買い戻させています。

 

ドラマ同様、尾上も先行きさえ見えなかった石津を見捨てることは

しませんでした。

 

と同時に、職のない石津にレナウンへの入社を勧めています。

 

石津はさすがにそれは断りますが、尾上は次にフリーランス

働くことを勧めます。

 

確かに石津の会社経営者としての手腕には疑問がありますが、

デザイナーやアイデアマンとしては稀有な才能を有していましたし、

実際にVANは一大ブームを引き起こし一世も風靡しました。

 

石津も今後の方向性としてはこれに同意しますが、この頃には

レナウンの紳士服のブランド「ダーバン」のアドバイザー

就任することになります。

 

もちろん彼のデザイナーとしての能力を買ってのことですが、

これは多分に石津への経済的な援助の意味合いが強かったように

思えます。

 

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VANの倒産前後から石津は無気力状態に陥っていましたが、

そんな中ですべてを失ってしまいました。

 

尾上が社会復帰までの猶予を与える意味で、ダーバンのアドバイザーに

就任させた意味合いが濃いようです。

 

このようなバックアップもあったことから、VAN倒産の2年後の

昭和55年(1980年)から再び石津も動きはじめ、デザイナーや

服飾評論家としての活動を開始することになります。

 

ドラマの「男の着こなし講座」には、このような史実の下敷きがあります。

 

実際に石津謙介がレナウンやダーバンが主催した講座に講師として

参加したという事実は確認できませんでしたが何らかの活動をしていた

可能性もあります。

 

しかし尾上の人情の厚さや石津との友情は感心しますし、

いい話ですよね~

 

石津は終生に渡り尾上を「アニキのような存在」としていましたし、

尾上が亡くなった際には「自分ができることはすべてやった」と語り、

その恩義に応えています。

 

ドラマでも潔と栄輔の熱い友情も描かれると思いますので、

このあたりにも注目ですね♪

 

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