べっぴんさん|すみれの最後や死因は?モデルの坂野惇子の最期

 

朝ドラ『べっぴんさん』では物語も佳境に差しかかり、

ストーリーも勢いよく流れていきます。

 

今作の朝ドラはヒロインすみれのモデルとなったファミリアの創業者

坂野惇子の一代記が物語のベースになっています。

 

ではすみれの最後や死因はどういったものになるのでしょうか?

 

坂野惇子の最期とともにご紹介します。

 

 

すみれの最後や死因は?モデルの坂野惇子の最期

 

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まず前提として長らく坂野通夫と惇子の夫妻がファミリアのかじ取りを

してきましたが、昭和60年(1985年)の創立35周年を機に、

ともに社長と副社長を退いています。

 

ドラマの健太郎のモデルの岡崎晴彦が同社の三代目の社長に就任しますが、

通夫は会長、惇子は副会長に就任し後進に道を譲ります。

 

当初は夫婦で老後をのんびりとなどと考えたようですが、

その後にバブル経済が弾けたことから後始末などに追われます。

 

当時はともに経済同友会の会員だったことから、会社以外の問題など

色々と忙しかったようです。

 

とは言え、夫婦ともに一緒に過ごす時間も増えたことは確かで、

好きなゴルフなどを楽しんでもいました。

 

しかし別の記事でもご紹介しましたが、平成4年(1992年)の6月に通夫が

突然死とも言える最期を迎えます。

 

惇子の深い悲しみは想像に難くないでしょうが、すぐに前を向いて

通夫の代わりにファミリアの代表取締役会長になっています。

 

創業時から決して会社のトップや代表にならなかった惇子ですが、

創業から42年目にファミリアの代表を務めることになります

(会社の実質的な経営は晴彦に任せていた)。

 

その後は平成7年の阪神淡路大震災などを経験しますが、

平成10年(1998年)に名実ともに引退し、名誉会長に就任します。

 

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既にこの時は惇子は80歳になっており、節目や潮時を感じたのでしょう。

 

その後は趣味の絵を描いたり、友人や知人たちと草花や映画を鑑賞したりと

のんびりと過ごしました。

 

娘夫婦や孫たちとの関係も良好だったことから、晩年は充実してもいたようです。

 

とは言え、株主総会や新作の展示会には最後まで足を運んでいますから、

自分が育て上げたファミリアへの愛着も衰えませんでした。

 

そして惇子が最期を迎えたのが平成17年(2005年)924日です。

 

家族全員が見守る中、入院先の病院で安らかに眠りにつきました(享年87歳)

 

直接の死因は心不全ですが、恐らくは老衰だったようです。

 

そして死去から1か月後の1024日に「お別れの会」がホテルオークラ神戸で

執り行われましたが、遺影は惇子が好きだったコスモスなどの花で飾られました。

 

また美智子皇后をはじめ、皇太子・皇太子妃夫妻、秋篠宮夫妻、高円宮夫妻など

多くの皇族の方々から籠花も贈られました。

 

長年にわたり皇室に子供用品を収めてきた縁ですが、出席者はみな改めて

惇子が成し遂げたことの大きさを感じたはずです。

 

このようにドラマのすみれのモデル坂野惇子の最期は、

それは静かで穏やかなものでした。

 

ドラマではここまで描かれるかは不明ですが、すみれの晩年も家族や孫に

囲まれて、ゆっくりと時が流れていくように思います♪

 

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