べっぴんさん|紀夫の死や最後は?坂野通夫は衝撃の最期だった!

 

朝ドラ『べっぴんさん』は物語も終盤に突入し、けっこうな勢いで

時も流れていきます。

 

そしてそろそろ気になってくるのが、主要キャストの死や最期です。

 

NHKの朝ドラはヒロインの一代記が多いですから、夫や懇意にしていた

友人などとの別れはつきものですが、つらいところでもありますね。

 

今回取り上げるのは、ヒロインすみれの最愛の夫の坂東紀夫の最期です。

 

実はモデルとなっているファミリアの創業者・坂野惇子の夫の通夫の最期は

ショッキングなものでした。

 

 

紀夫の死や最後は?坂野通夫は衝撃の最期だった!

 

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紀夫のモデルの坂野通夫が亡くなったのは、平成4年(1992年)62日です。

 

実はその年の4月に坂野惇子のほうが心筋梗塞で倒れて一時は危篤となりましたが、

何とか命をとりとめています。

 

通夫は大きなショックを受けており、惇子と離れ離れになるのも嫌だったので、

自身の静養と検査を兼ねて同じ病院に入院することになります。

 

また5月には病院内でふたりの52回目の結婚記念日を祝うなど、このあたりに

ふたりの深い夫婦愛も感じられるところです。

 

ところが不幸は続いて、その3日後515日に惇子が病院内で転倒して、

腰骨と骨盤を骨折してしまいます。

 

そんな惇子を励ますために、通夫は21日に孫の忠彦の運転で六甲山に行き、

惇子の大好きなスズランを摘んできます。

 

スズランの花束を渡された彼女の喜びようは想像に難くないでしょうが、

実はそれが通夫の最後の元気な姿になってしまったのです。

 

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22日に彼は疲労感を感じて寝込んでしまうと、その翌日には腸閉そくのため

意識不明に陥ります。

 

惇子のほうも骨折が癒えていなく安静が必要だったので、ようやく通夫の病室へ行く

許可が出たのは61日でした。

 

しかし62日に彼の病状は著しく悪化してしまい、惇子は必死に声をかけたり、

手を握ったりしました。

 

通夫はうわごとで惇子の名前を繰り返していましたが、最後は静かに

息を引き取ってしまいます(享年75歳)

 

惇子にしてみれば最愛の夫でしたし、長年にわたるビジネスのパートナーでも

ありました。

 

それにも関わらず、その最後はお見舞いなども十分にできず、

その最期をただただ見守るだけだったので、かなり悔いが残ったでしょう。

 

このように紀夫のモデルの坂野通夫は「突然死」ともいえる形で、

逝ってしまうことになりました。

 

ドラマの紀夫の最期も、このようにショッキングなものになるのでしょうか?

 

もしかしたら彼の最期は描かれないかもしれませんが、気になるところです。

 

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