べっぴんさん|健太郎がキアリスに入社!英語や出世はどうなの?

 

朝ドラ『べっぴんさん』では、既報通り健太郎さくら

キアリスに入社することになります。

 

当初は縁故入社によるなれ合いを懸念したすみれや紀夫、君枝は

反対しますが、潔の助言で態度を軟化させます。

 

そして無記名の入社試験でいずれも高得点を挙げたことから、

晴れてふたりはキアリスに入社することになります。

 

健太郎に関しては東京大学を卒業してアメリカ留学をした

超エリートで、英語もペラペラのようです。

 

キアリスに入社後の健太郎の今後はどのようなものになるのでしょうか?

 

実在のモデルとなった岡崎晴彦の史実に鑑みてご紹介します。

 

 

健太郎がキアリスに入社!英語や出世はどうなの?

 

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まず他の記事でもご紹介しましたが、健太郎のモデルの岡崎晴彦が

ファミリアに入社する際に、すみれと紀夫のモデルの坂野惇子・通夫夫妻が

反対したのは実話です。

 

ドラマ同様、縁故入社によるなれ合いを危惧したことが理由ですが、

最終的には潔のモデルの尾上清と、阪急百貨店の社長の清水雅

(大島保のモデル)の説得によって入社を許しています。

 

また晴彦は東大卒ではなく、甲南大学の経済学部の卒業ですが、

アメリカの名門私立大学のアーモスト大学に留学し金融論を

学んでいるので英語はペラペラでした。

 

ただし同大を卒業して三和銀行に勤務して、その後は父親の岡崎忠が

会長を務める東京計器製作所(現東京計器株式会社)を経ての

ファミリアの入社でした。

 

ちなみに晴彦が入社するのとほぼ同じタイミングで、ファミリアの

創業者のひとりである田村光子(一部明美のモデル)の次男の

田村友彦も同社に入社しています。

 

彼は早稲田大学を卒業後にダイハツ工業に勤務していましたが、

ファミリアに転職して、後に系列会社のファミリアソーシングの社長や

ファミリアの取締役を務めることになります。

 

で、健太郎のモデルの晴彦がファミリアに入社したのは昭和46年(1971年)の

7月ですが、それまでのキャリアを買われていきなりグループ企業の

日本ベビーグロー社の役員に就任しています。

 

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同社はアメリカのケイパート社と「ベビーグロー」という伸縮性に富む

生地の技術提携をした際に設立したグループ会社です。

 

そしてその後は昭和51年(1976年)にファミリアが銀座進出した際に、

晴彦は銀座店の店長の大役を任されています。

 

当時は「銀座で子供服はダメ」というのが定説で、あえてそれを打ち破るべく

銀座へ進出したファミリアですが、当時の同社の一大イベントでした。

 

そして晴彦は銀座店を成功に導き、さらにファミリアのブランド力は高まる

ことになります。

 

以降は同社の常務取締役などの要職を歴任し、昭和60年(1985年)に

同社の2代目の社長だった坂野通夫が会長職に退くと、晴彦は同社の

代目の社長に就任します。

 

このようにドラマの健太郎のモデルとなった人物は、最終的には

ファミリアの社長に上り詰めています。

 

このような経緯から健太郎も多くの手柄を立てて出世して、

最後はキアリスの社長に就任しそうですね♪

 

彼の奮闘にも期待しましょう!!

 

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