べっぴんさん|キアリスの朝礼や名前の呼び方が実話と異なる!

 

 朝ドラ『べっぴんさん』では、キアリスに入社した紀夫が朝礼を導入したり、

お互い名字で名前を呼ぶことを決めます。

 

たしかにキアリスは会社組織となっても、まだまだ女学校の手芸倶楽部のノリ

ですから、坂東営業部で鍛えられた紀夫にとっては真面目に仕事に取り組んでいる

ようには思えないのかもしれませんね~

 

ところがそんな紀夫を尻目にキアリスのメンバーたちは反発します。

 

実はこのあたりのエピソードは史実に基づいているのですが、

実話とは大きく異なる面もあります。

 

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キアリスの朝礼や名前の呼び方が実話と異なる!

 

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他の記事でもご紹介しましたが、紀夫のモデルの坂野通夫は昭和27年(1952年)に

ファミリアに入社以来、様々な社内改革をおこなうことになります。

 

創業メンバーの坂野惇子らの物づくりに対する意気込みは相当のものでしたが、

会社経営となるとかなりルーズにおこなっていました。

 

それを正すため彼は経理や在庫管理、コストカットなどの経営面に切り込んで

いきますが、名前の呼び方などは特に気にしなかったようです。

 

そのため会社が大きくなっていっても、社員たちは後に社長になった

通夫に対しても「坂野さん」と呼び、専務だった惇子に対しては「坂野さんの奥様」

といったように特に役職などで呼んでいませんでした。

 

これを正したのは昭和37年(1962年)に、ファミリアが相談役として迎えた

一色大二郎です。

 

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一色は田村江津子(良子のモデル)の実家の田村駒商店の取締役総務部長を

務めていた人物で、前年に社長であった二代目田村駒次郎が亡くなると、

田村寛次郎(勝二のモデル)とともに、ファミリアに入社することになります。

 

入社後に着手したのは社風の引き締めで、社員たちにも「社長」や「専務」といった

役職で呼ぶことを指導します。

 

これには従来の社員たちからもかなりの反発があったようです。

 

特に惇子を慕う村井ミヨ子(君枝のモデル)は、彼女のことを社内でも

「母ちゃま」と公然と呼んでいたので、一色と激しく衝突したと思われます。

 

恐らく朝礼などを導入したのもこの時期と思われますので、このあたりの史実を

もとにドラマのエピソードは組立てられているようです。

 

このように紀夫のモデルの坂野通夫は社内改革こそおこないましたが、

社員間の呼称などは放置していました。

 

ドラマでは紀夫が社風の締めつけも含めておこないますが、

このあたりは実話との大きな違いですね~

 

しばらくは紀夫VSキアリスのメンバーたちといった構図になりそうですが、

それはそれで楽しみですね♪

 

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