べっぴんさん|潔はなぜ紀夫の社長にこだわるのか?史実はどう?

 

朝ドラ『べっぴんさん』では、いよいよ紀夫も奮起して

坂東営業部の仕事にとりかかることになります。

 

当初は慣れない営業の仕事に嫌気も差し、洋裁教室の説明会では

緊張のあまり倒れてしまいました。

 

しかもその後は仮病を使って会社を休み、同僚たちからの評価も

大きく落としてしまいました。

 

ところが五十八の言葉で改心し、彼なりに苦手な仕事を克服しようと

頑張りはじめました♪

 

これには坂東営業部の社員たちも驚かされますし、何より常々

紀夫を社長にしたいという想いを描く潔もホッとしたことでしょう。

 

ところでそもそも潔は、なぜ紀夫を坂東営業部の社長に据えようと

しているのでしょうか?

 

五十八も紀夫より潔のほうが社長に向いていると言っていましたし、

誰が見ても潔のほうがバリバリと会社をけん引していきそうですよね?

 

潔はなぜ紀夫の社長にこだわるのか?史実はどうだった?

 

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実はこのあたりは史実のエピソードを忠実に描いたからです。

 

潔のモデルのレナウンの会長・尾上清は、昭和22年(1947年)に

勤務していた江商を辞めて、自らの手で佐々木営業部を再興させようとします。

 

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(尾上清)

 

会社の資本金195000円も自腹ですし、住友銀行から2000万円、

三菱銀行から1000万円の融資を引き出すことにも成功します。

 

しかしこれは単なるビジネスをするためではなく、ただただ佐々木八十八への

親子二代の恩義に応えるためです。

 

戦前に潔は佐々木営業部の常務を務めており、その父の尾上設蔵は

経営を任されていました。

 

これらの恩義に報いるために会社勤めの安定した職を捨てて、

佐々木営業部を再興させたのです。

 

しかも彼は、同社の社長はあくまでも佐々木家の人が就くべき

と考えていました。

 

そのため彼は当初は坂野惇子の兄の隆一(ドラマには登場せず)に、

社長就任を打診しています。

 

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しかし隆一はこれを断ったことから、やむなく自らが社長に就任するととともに、

大阪商船から転職させた坂野通夫(紀夫のモデル)に英才教育を施します。

 

恐らくは佐々木家の血筋の通夫を、将来的に佐々木営業部の社長にしようと

思ったようです。

 

しかし残念ながら通夫はその後、ファミリアの社長に就任してしまいますから、

これは実現しませんでした。

 

通夫が佐々木営業部を退社する時は、最後まで首を縦に振らなかったと言います。

 

ただし潔の想い変わりなく、昭和45年(1970年)のファミリア創立20周年記念

パーティーでは、「佐々木家とわれわれの家族は主従の関係」と言っています。

 

当時のレナウングループは年商1000億円にも迫ろうかとしていた頃で、

ファミリアとは比較にならないほど大きく成長していました。

 

その現役社長が、未だに「主従関係」という言葉を口にするのは驚きですし、

その義理の厚さや忠誠心の高さには頭が下がりますね。

 

このような人物がモデルとなっているドラマの潔ですから、

あくまでも坂東営業部の社長は紀夫と考えているのです。

 

ドラマでも残念ながら紀夫は坂東営業部を去ることになってしまいますが、

その後の潔の経営者としての辣腕に期待しましょう!

 

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