べっぴんさん|ファミリアの阪急百貨店への出店はどうだったの?

 

朝ドラ『べっぴんさん』では、すみれたちのキアリスは大急百貨店

出店することになり実力を試されることになります。

 

大量の商品の確保や販売員の手配など様々な問題に直面しますが、

彼女たちが多くの困難を乗り越えていく様子には期待ですね♪

 

ところで一連のエピソードのベースとなっているのが、

モデルとなったファミリア阪急百貨店への出店・進出です。

 

他の記事でも断片的にエピソードを紹介していますが、ここでまとめておきます。

 

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ファミリアの阪急百貨店への出店はどうだったの?

 

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まずファミリアが進出した阪急百貨店は、現在では名門の電鉄系のデパート

として知られていますが、実は百貨店の中では後発組です。

 

阪急百貨店が開業したのは昭和4年(1929年)4月で、江戸時代からの

呉服店がルーツの三越や松坂屋、大丸、高島屋などに比べても

歴史がさほどありません。

 

そんな同社が老舗と肩を並べるほどに成長したのはアイデアでした。

 

阪急グループの創設者の小林一三のもと、阪急百貨店は世界初の

ターミナルデパートでしたし、今や当たり前となったデパートの高層階の食堂も

ここがルーツです。

 

また現在は多くの百貨店やスーパーがおこなっている自社ブランドの食料品なども

昭和9年(1934年)からはじめるなど、まさにアイデアで老舗を凌ぐほどに

成長していきます。

 

戦後も阪急の勢いは止まらずに、天満橋支店や東京大井店などを次々に

開業させています。

 

そんな阪急がファミリアに声をかけてうめだ本店に出店をしたのは、

昭和26年(1951年)の4月です。

 

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4階の子供服売り場の片隅に、わずか2台のショーケースではじめています。

 

出店に際してはファミリア側の要望から、阪急特選マークを辞退したり、

委託販売方式に変更するなど紆余曲折がありましたが、これらを受け入れたのも

柔軟な阪急ならではです。

 

他の記事でもご紹介しましたが、ファミリアが三越に出店しようとした際に

三越側が三越マークを付けることを譲らずに話も流れました。

 

そもそも会社となってからわずか1年だった同社をテナントとして出店させる

話自体が、老舗百貨店ではあり得なかったでしょう。

 

で、ファミリアの阪急での出店ですが、初日からたくさんのお客さんが訪れて、

売上は順調そのものでした。

 

商品が足りなくなってスカスカになったショーケースを巡っては、

阪急側の商品の補充の要請に対し、ファミリアはショーケースの返上を申し出る

というトラブルも生じますが、社長の清水雅の説得もあって事なきを得ます。

 

また販売員を良家の子女のみから採用したので、その接客態度は評判となり、

「一流」とも呼ばれました。

 

その後も客足は途絶えず、同年の6月にはショーケースが3台に増えました。

 

しかもあまりにも好評だったことから、同月には7階の催事場で

「夏の子供服予約展示会」を開催し、こちらも大成功となります。

 

そのため売り場面積も広がっていき、瞬く間に4階の子供服売り場では

目立つ存在となっていきました。

 

このようにファミリアの百貨店への進出は、阪急側とはいくつかのトラブルが

生じましたが、売上は右肩上がりで伸びていきます。

 

ドラマでは当初は客足や売上が伸びないことにすみれたちは頭を悩ませますが、

このあたりはドラマオリジナルのエピソードです。

 

また目玉商品となる弁当箱も、ベビーショップモトヤ時代のエピソードを

使っています。

 

まぁ~ドラマとしては順調そのものでは面白くないですし、山あり谷ありの

展開にするために、色々なエピソードを持ってくるようですね♪

 

なおドラマでは大急への出店は10日間限定でしたが、史実ではそのような

期間の限定はなく、最初から正式なテナントとして出店しています。

 

いずれにしてもキアリスの面々の奮闘を期待しましょう!!

 

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