べっぴんさん|紀夫の過酷な戦争体験が史実とぜんぜん違う!

 

朝ドラ『べっぴんさん』では、戦地から無事に帰還した紀夫ですが

やはり様子が変です。

 

人に猜疑心を向けたり、坂東営業部で働くことを拒否したり、

すみれが働くことを嫌がったりと、出征前の優しい彼と比べると、

まったく変わり果ててしまいました。

 

やはりこのあたりは過酷な戦争体験や収容所での生活が、

大きく影響していますね…自分が生き残るために他人を蹴落していく様を

幾度も見てきたことから、もはや人そのものを信用できなくなっているようです。

 

もとに戻るにはかなりの時間と周囲の理解が必要のようですね…

 

ところで紀夫のモデルとなっているのは坂野惇子の夫の坂野通夫ですが、

彼の戦争体験はまったく異なっています。

 

実は史実では戦地に赴いていませんし、収容所にも入っていません!

 

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(坂野通夫)

 

紀夫の過酷な戦争体験が史実とぜんぜん違う!

 

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坂野通夫は昭和18年(1943年)10月に召集されることになりましたが、

兵士としてではなく軍属です。

 

軍属とは軍の委託で仕事をする民間人ですが、戦地に送られることは少なく、

後方支援などの場合がほとんど。

 

通夫も海軍の嘱託として比較的安全だったジャカルタに送られて、

物資や航空機、船舶などを手配する仕事に就いていました。

 

しかも待遇は非常によく、ジャカルタではメイド付きの家

住んでいました。

 

彼は京都帝国大学出身で、大阪商船(現商船三井)に勤務するエリートで

流暢な英語も話せました。

 

海軍も兵士としてではなくその頭脳を買って、重要な輸送業務の

オペレーションに就かせたので、それなりに待遇はよかったようで

戦争中は不自由なく暮らしたようです。

 

戦時中はこのような暮らしをしていましたが、通夫がジャカルタに出発した日に

実は陸軍から赤紙が届いていたのです。

 

それは野戦重砲隊への召集で、海軍からの召集がなければ戦死していただろうと

後に回顧しています。

 

このように非常に幸運に恵まれましたが、日本の敗戦とともに彼は捕虜として

イギリス軍に拘束されます。

 

しかも流暢な英語を話せることで通訳としての任務を命じられて、

すんなりと帰国できませんでした。

 

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そのためイギリス軍に拿捕されたすみれ丸に乗船し、インドネシア在住の

オランダ人を帰国させる任務に就きますが、かなりの激務でやせ細るほどでした。

 

とは言え、ドラマのように実際に戦地にも行っていませんし、

過酷な収容所も体験していません。

 

しかもドラマで描かれているのはシベリアや満州の収容所のようですが、

そもそも史実ではそのあたりには行ってもいません。

 

このようにドラマとリアルは著しい違いがありますが、

まぁ~このようにしたほうがドラマは盛り上がりますね♪

 

そして紀夫もいずれ回復して、元の姿に戻ることでしょう。

 

彼の復活に期待しましょう!

 

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