べっぴんさん|坂東五十八のモデルは佐々木八十八!病的な過保護

 

朝ドラ『べっぴんさん』で、ヒロインのすみれ(芳根京子)の

父親が坂東五十八(いそや。生瀬勝久)です。

 

ドラマでは五十八は天性の商才によって繊維会社「坂東営業部」

を立ち上げて、一代で財を成します。

 

性格は合理主義者で新しいものが大好き。

 

すみれとゆりの姉妹には少々過保護という設定。

 

五十八のお陰で何不自由なく裕福な家庭に育つすみれですが、

この父親の過保護というのはちょっと気になりますね~

意外にも苦労しそうですし…

 

そしてこの五十八のモデルとなったのが、レナウンの創業者で

大富豪だった佐々木八十八(やそはち)です。

 

しかも八十八は病的とも言える過保護と心配性でした!

 

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坂東五十八のモデルは佐々木八十八!病的な過保護

 

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ドラマの坂東五十八のモデルの佐々木八十八は、

明治7年(1874年)に京都で生まれました。

 

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(佐々木八十八)

 

明治23年(1890年)に海外貿易に目を付けた彼は、

舶来雑貨輸入会社の大由(だいよし)商社の住み込み店員となります。

 

その一方で英語を熱心に学んで20代前半で大阪船場で

外国雑貨の輸入業をはじめます。

 

そして明治35年(1902年)に佐々木営業部を立ち上げて、

大阪で衣類を販売しますが、明治37年(1904年)に勃発した

日露戦争により、寒冷地向けの外套などの特需があって

いきなりこの商売も軌道に乗ります。

 

その後手掛けたメリヤスの需要も順調に伸びたことから、

大きな財を成すことになりました。

 

八十八は神戸の住吉に豪邸を建てて、大正7年(1918年)に

ヒロインのすみれのモデルの坂野惇子も誕生しています。

 

このようにかなり商才に恵まれた人物で、機を見るのにも

敏感だった八十八ですが、子育てに関してはと言えば、

病的なくらいの過保護心配性でした。

 

惇子が小学校に上がる頃、この界隈の富裕層の子弟は

私立の甲南小学校に通うことが通例でした。

 

しかし八十八は甲南小学校への通学路に北風が吹きつけるのを

心配して、惇子を公立の魚崎小学校に入学させています。

 

また風雨の強い日は学校を休ませたりとかなりの過保護ぶりを発揮し、

彼女が遠足に行く時には必ず使用人をお供につけたそうです。

 

お金持ちが揃う甲南小学校ではこれもアリだったのかもしれませんが、

公立の小学校でこのようなことをしたので、惇子は「別荘の子供

と呼ばれて、同級生からも距離を置かれたようです。

 

惇子にとってはとんだ有難迷惑だったのですが、

八十八の過保護や心配性はそれに留まりませんでした。

 

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心配性の彼は子供たちの朝の検温を日課としたばかりか、

菓子などの食べ物に雑菌がついていないかをチェックしました。

 

さらにはキャラメルを消毒した上で与えたりと、

もはや病的とも思える親バカぶりを発揮しています。

 

ただし彼がこのような行動をとったのは理由があって、

6人いた子供のうち(惇子は末娘)、長女と次男を早くに亡くしており、

かなりの後悔もあって子供たちの健康状態を心配していたのです。

 

また八十八はこの時代の男性としては非常に進歩的な考えの持ち主で、

子供や妻に威張り散らすようなマネはしませんでしたし、

男尊女卑の考えも持っていませんでした。

 

そのため彼女も後年に「物わかりのよい父親」だったことや、

子供たちに愛情を注いで育ててくれたことなどを述べています。

 

八十八のような父親がいたら子供はとても苦労しそうですが、

商売ではかなりのキレ者であるにも関わらず、

子育てはまったくダメというギャップは何だか魅力的ですね~

 

こんな父親に育てられたせいか、惇子も素直でみなに愛された女性でした。

 

ドラマでも生瀬勝久さん演じる五十八の過保護ぶりやダメ父ぶりも

描かれますが、このあたりも楽しみですね♪

 

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