べっぴんさん|岩佐栄輔(松下優也)のモデルや役どころ!黒執事

 

朝ドラ『べっぴんさん』には、岩佐栄輔役で人気歌手で俳優の

松下優也さんが出演します。

 

どうやら松下優也さんは、『とと姉ちゃん』の星野役の坂口健太郎さんや

青柳清役の大野拓朗さんに相当する「イケメン枠」のようです。

 

ドラマでもけっこう重要な役どころを果たしそうですね♪

 

まずは松下優也さんのプロフィールから。

 

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松下優也

 

1990年5月24日生(26歳)

 

松下さんは18歳だった2008年に「foolish foolish」で歌手デビュー。

 

その後も順調にキャリアを重ね、2011年の「naturally」や翌年の

「キミへのラブソング~10年先も」などはオリコンのTOP10ヒットとなっています。

 

松下優也さんは誰? という方にヒット曲「キミへのラブソング~10年先も」

のPVをご用意しました!

 

そしてその歌唱力を活かして、2009年からはミュージカルの舞台に立って、

「黒執事」シリーズのミュージカルなどでは主演を務めています。

 

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出世作になったミュージカル「黒執事」のセバスチャン・ミカエリス役は

こちらをどうぞ!

 

その後は俳優としての活動に中心を置いて、映画やテレビドラマへも

進出しています。

 

2010年の映画「ヒカリ、その先に」や2014年のドラマ「私のホストちゃんS」

などでは主演を務めるほど。

 

NHKの朝ドラには初出演となりますが、その演技にも注目ですね♪

 

岩佐栄輔(松下優也)のモデルや役どころ!

 

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ドラマでは松下優也さん演じる岩佐栄輔は、すみれの幼なじみで実家の

坂東営業部の番頭の息子の野上潔(高良健吾)の友人という設定。

 

戦争で妹を亡くしており、その姿が重なるすみれを支え続けていく存在です。

 

また戦争末期に経営危機に陥る坂東営業部を潔とともに立て直し、

大きく成長させていくようです。

 

そして岩佐栄輔のモデルは、後にVANのブランドを

立ち上げることになるファッションデザイナーの石津謙介です。

 

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彼は明治44年(1911年)生まれで、旧制第一岡山中学校

(現岡山朝日高校)を経て明治大学を卒業。

 

その後はいったん家業の紙問屋を継ぎますが、28歳の昭和14年(1939年)に

妻子を連れて中国の天津に移住し、服飾関連の仕事に従事します。

 

潔のモデルの尾上清も昭和13年に召集されて、天津に駐留していましたから、

ふたりはそこで出会いました。

 

破天荒で義理人情に厚い清とは同い年ということで、気が合ったようですね。

 

石津は昭和21年(1946年)に家族とともに引き揚げてきますが、

敗戦により無一文になってしまいます。

 

そんな彼に手を差し伸べたのは清で、翌年には彼が立ち上げた

有信実業に入社してその片腕となります。

 

同社は終戦直後の混乱期に5億円相当もの隠匿物資の横流しをおこないますが、

清とともに彼も関わったようです。

 

しかもその際は私腹を肥やすことなく、その利益を貧しい人々に

分け与えていますから、彼も清に劣らず豪快な人物だったようですね。

 

その後は佐々木営業部に転籍して、昭和26年(1951年)に独立し、

退職金で石津商店を設立します。

 

主に男性向けの衣料品で業績を伸ばすことになりますが、

大きな転機となったのは会社をヴァンヂァケットに改組した

昭和29年(1953年)です。

 

雑誌「男の服飾」(後のメンズクラブ)を創刊してアイビールック

を紹介すると、瞬く間に火がついて一大ブームとなります。

 

VAN」も人気ブランドとなり、一世を風靡することになります。

 

ちなみに「男の服飾」では、高倉健さんや菅原文太さん、仲代達也さんといった

当時の若手人気モデルを起用していました。

 

残念ながら昭和53年(1978年)にヴァンヂァケットは経営破たんして

しまいますが、石津はその大きな功績から「日本のメンズファッションの生みの親」

「アイビールックの生みの親」とも呼ばれて、業界の内外に大きな影響を与えました。

 

また「ネーミングの神様」とも呼ばれ、Tシャツ、トレーナー、キャンペーン、

TPOなどの言葉は彼が生み出しました。

 

ちなみに破産してまたもや無一文となった彼に救いの手を差し伸べたのは、

やはり清でした。

 

彼は石津のために住居を用意して、レナウンへの参加を勧めます。

 

結局レナウンには入社せずに、その後は服飾評論家として活躍しました。

 

また清に関しては、その死後に「器が大きく兄貴のような存在だった」と

回顧しています。

 

栄輔の名前は謙介がヒントになっているようですし、ドラマでも

坂東営業部の再興に手を貸しますし、自らの事業を模索していきます。

 

また「アニキ」と慕うあたりも石津のエピソードが下敷きになっていますね♪

 

最後にYOUTUBEに生前の石津謙介が出演した動画がありました

1999年放送の番組です(7分あたりでご本人が登場です)

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