わろてんか|最終回の青空喜劇・北村笑店物語は実話?モデルは?

 

朝ドラ『わろてんか』では、最終回に「青空喜劇・北村笑店物語」が描かれます。

 

戦争で寄席のすべてを失った北村笑店でしたが、主要メンバーは全員が無事でした。

 

しかも伊能までもがアメリカから戻って来て、北村笑店の復興に手を貸すことに

なります。

 

さらには安否不明だった隼也も復員して、合流することになります。

 

そのため天満風鳥亭がバラックの寄席として再建されて、そのこけら落としに

「青空喜劇・北村笑店物語」が演じられることになります。

 

そんな「青空喜劇・北村笑店物語」の詳細やモデルをご紹介します。

 

 

最終回の青空喜劇・北村笑店物語は実話?モデルは?

 

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まず「青空喜劇・北村笑店物語」は、これまでの北村笑店の歴史を人情喜劇に

仕上げたものです。

 

キャストも実在で、キースやアサリ、リリコはもちろんのこと、てんやトキ、

風太、亀井などはそれぞれ本人が演じます。

 

さらに伊能役を隼也、寺ギン役を四郎、そして藤吉役を若手芸人の田口が演じます。

 

その上で、てんと藤吉が寄席を手に入れたことや寺ギンとの対決、オチャラケ派の

芸人たちの北村笑店入りなどのエピソードが人情喜劇風に描かれます。

 

まさにここまでのドラマの集大成という感じですが、これがバラックの寄席から

再出発する北村笑店の復活の狼煙となるわけです。

 

このように最終回の「青空喜劇・北村笑店物語」はかなり賑やかにおこなわれそう

ですね~

 

そしてこの「青空喜劇・北村笑店物語」のモデルはというと、見当たりません。

 

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吉本興業部は終戦直後はドラマのように寄席の復興を図って、モルタルのバラックで

復興された大阪花月劇場で公演をおこなっています。

 

その公演は「歳末笑演公演」と名付けられて、昭和20年(1945年)の年末に行われています。

 

また翌年の春には東京の日比谷公会堂で、「吉本芸能祭」も執り行われています。

 

しかしいずれの公演も収支は芳しくなくありませんでした。

 

またその頃は映画館が台頭していたこともあって、最終的には吉本興業部は

演芸部を解散して、お笑いから撤退しています。

 

そのためドラマの「青空喜劇・北村笑店物語」もバラックの寄席で興行した点は

史実と一致しますが、結果もかけ離れていますし、内容などはドラマオリジナル

となっています。

 

恐らくは「吉本新喜劇」を意識した内容で、これを最後に持ってきたようですね~

 

家族の面倒を見るために参加することができない楓以外は、ドラマのオールスター

キャストとなりますので、期待も膨らみますね♪

 

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2 Responses to “わろてんか|最終回の青空喜劇・北村笑店物語は実話?モデルは?”

  1. 石野恒雄 より:

    『風太』と『おとき』の娘が大きくなって、綺麗になって、この役者さんは「『おりん』の本当の妹さんかいな?」と探し回りました。「わろてんか」最終回分もCDに永久保存しました。
    「酒は百薬の長」と言いますが、「笑い」はその上です。
    脚本を書いた方は「涙と笑い」を見事にドッキングさせ、心に深い感動をもたらせただけでなく、人生級の怒りでさえ、昇華させる最高の「薬」を処方してくれました。神様です。
     私は私の仕事の中で、この喜びの御恩をお返し致します。
    役者の皆様の心のこもった演技も大きなうるおいを与えてくれました。女性の着物姿も「故郷日本、最上の安らぎ」と、しみじみ感じ入りました。感謝、感謝です。

    • rekidora より:

      石野恒雄様

      はじめまして、コメントありがとうございます。

      「わろてんか」の最終回は見事に仕上がっていましたね。

      全回を通じたテーマだった「笑いの大切さ」をしっかりと告げてエンディングとなりました。

      最終回は吉本新喜劇のオマージュも入っていましたが、役者さんの熱演もあって感動的でしたね。

      石野様にとって感慨深い作品になったようで、何よりですね♪

      コメント及びご拝読は感謝いたします。

      ありがとうございました。

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