べっぴんさん|ファミリアの創業者たちの晩年や引退と死のまとめ

 

 朝ドラ『べっぴんさん』のキアリスのモデルとなっているのは、

子供服大手のファミリアです。

 

女学校の同級生であった坂野惇子田村江津子、江津子の義理の姉の

田村光子、惇子の顔見知りだった村井ミヨ子の4人が昭和23年(1948年)に

靴店の一角で「ベビーショップモトヤ」を開店したのが起源です。

 

その後は昭和25年(1950年)に株式会社ファミリアとなって、阪急百貨店との

タッグや皇室御用達になるなどの追い風もあって成長を続けて、現在まで

そのスピリッツは脈々と受け継がれています。

 

そんなファミリアの創業者たちの引退や晩年、そしてその死をまとめてみました。

 

 

ファミリアの創業者たちの晩年や引退と死のまとめ

 

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坂野惇子(すみれのモデル)

 

 

長らく専務取締役、副社長として会社経営にあたってきましたが、

昭和60年(1985年)の創業35年を機に夫の坂野通夫とともに現役を退いて、

副会長に就任しています。

 

ところが平成4年(1992年)に通夫が急逝したことをきっかけに、

代表取締役会長になって経営のトップに復帰(ただし実質的な経営は

社長の岡崎晴彦に任せていた)。

 

平成10年(1998年)に名実ともに引退し名誉会長に就任しますが、

平成17年(2005年)に心不全で逝去しています(享年87歳)

 

詳細はこちらをどうぞ→すみれの最後や死因は?モデルの坂野惇子の最期
坂野通夫の最期の詳細はこちら紀夫の死や最後は?坂野通夫は衝撃の最期だった!
 

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田村光子(一部明美のモデル)

 

 

4人の創業者のうちもっとも早く引退したのが田村光子です。

 

ドラマの明美はすみれたちより1歳年上の設定ですが、実際の光子は

惇子や江津子よりも11歳年上です。

 

そのためファミリア銀座店がオープンした翌年の昭和52年(1977年)に

70歳をもって取締役を辞任して名誉顧問になっています。

 

ドラマとは異なり長らく生産部門を担当してきた光子ですが、

引退後は息子の田村友彦がこれを引き継いで取締役に就任し、

生産部門の責任者になっています。

 

引退後は悠々自適な生活をしていたようですが、阪神淡路大震災があった

平成7年(1995年)の1026日に享年88歳で亡くなっています。

 

田村江津子(良子のモデル)、村井ミヨ子(君枝のモデル)

 

(田村江津子)

 

(村井ミヨ子)

 

田村江津子と村井ミヨ子に関しては、引退年や没年は現時点でまったく

わかりません。

 

ただし二人とも惇子が逝去した平成17年(2005年)以降に、

亡くなっていることは判明しています。

 

このあたりについて、何か情報や詳細が判明すれば追記しておきます。

 

いずれにしてもファミリアの4人の創業者はみなすべて天国にいます。

 

ドラマでも和気あいあいと仕事に臨む姿が描かれましたが、

みな裕福なお嬢様育ちでしたし、実際にそんな感じだったようです。

 

とは言え、彼女のたちの物づくりに対するポリシーやこだわりは、

現在も確実にファミリアに受け継がれています。

 

わずか3坪のスペースから開業した同社でしたが、今でも多くの

子どもたちがファミリアの製品を使っていますし、これからも

使われていくでしょう。

 

そのような姿を天国から見ている彼女たちは、どのような想いを

描いているのでしょうか?

 

やはり和気あいあいと喜んでいるのでしょうね♪

 

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