わろてんか|寺ギンの末路と最後!モデルの岡田政太郎はどうだった?

 

朝ドラ『わろてんか』では、風鳥亭の経営を軌道に乗せた

藤吉とてんの前に立ちはだかるのが寺ギンです。

 

太夫元である寺ギンは風鳥亭に芸人を斡旋してくれますが、

寄席の売り上げの7割も持っていく暴利。

 

木戸銭を5銭に設定したダンピング作戦で風鳥亭の売り上げが倍増しても、

五分五分の約束は反故にして、取り分を六分四分とします。

 

まさに悪キャラとして描かれる寺ギンですが、その末路や最後は

どうなるのでしょうか?

 

 

寺ギンの末路と最後!モデルの岡田政太郎はどうだった?

 

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太夫元の寺ギンはひょんなことから風太を右腕として雇い、

ますます権勢を振るうことになります。

 

しかしその過程で金の亡者となっていき、芸人たちを借金で縛り付ける

などの暴走をはじめます。

 

また当初から専属にしようと狙っていた落語家の月の井団吾が

北村笑店の専属となったことで、北村笑店への攻撃を開始することに

なります。

 

自前の芸人を派遣しないことはもちろんのこと、他の太夫元にも

手をまわして、風鳥亭をはじめとする北村笑店の寄席への芸人の供給を

ストップさせます。

 

その頃には藤吉とてんは風鳥亭のほか、玉造風鳥亭と松島風鳥亭の

3つの寄席を経営していますが、これによって風鳥亭と玉造風鳥亭は

休業に追い込まれます。

 

しかも寺ギンは北村笑店の寄席を休業に追い込んだ上で、これを買収する

ことを目論んでおり、これによっててんや藤吉も崖っぷちまで追い込まれる

ことになります。

 

北村笑店の命運も風前の灯かと思われますが、そこで立ち上がるのが

寺ギン傘下の150人ものオチャラケ派の芸人たちです。

 

彼らの寺ギンへの不満が遂に爆発して、解雇された風太とともに

寺ギンと藤吉らが対峙する風鳥亭に押し寄せます。

 

その上でオチャラケ派の芸人たちは寺ギンの元から離れて、

北村笑店に所属すると主張します。

 

それに激怒した寺ギンは芸人たちの借金を理由に一蹴しようとしますが、

そこへ立ちはだかるのがまさかのてんでした。

 

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芸人たちの借金はトータルで1500円(現在の価値で750万円ほど)ですが、

実はてんはコツコツとへそくりを貯めており、それがちょうど1500円ほどに

なっていたのです。

 

てんがへそくりで芸人たちの借金を清算したことで、オチャラケ派の芸人

たちはめでたく北村笑店の専属となります。

 

芸人たちを失ったことでオチャラケ派は崩壊して、寺ギンも太夫元を諦め

て、元の僧侶に戻り旅に出ることになります。

 

最終兵器のてんのへそくりにはかなりのご都合主義を感じてしまうところ

ですが、北村笑店はオチャラケ派の芸人たちを傘下に収めることになり、

一大太夫元となります。

 

恐らくは僧侶に戻った寺ギンとも後に再開して、藤吉やてんとも和解する

ようにも思います。

 

ちなみに寺ギンのモデルとなった浪速落語反対派の岡田政太郎と、

吉本せいや泰三夫婦との間にこのような諍いはありませんでした。

 

そして大正9年(1920年)に政太郎が急死すると、せいらは反対派を

乗っ取って所属芸人の数を大幅に増やしています。

 

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