とと姉ちゃん|小橋常子の雑誌に花山伊佐次が協力する理由!史実は?

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、小橋常子は花山伊佐次に雑誌の助言を

求めますが、取りつく島もありません。

 

しかしそんな中でも花山の指摘は鋭く、的を得ていたことから

常子は編集長に迎え入れようとしますが、頑として首を縦に振りません。

 

最終的にはタッグを組んで、大ヒットする雑誌「あなたの暮し」を出版する

ふたりですが、そこに至るまでには紆余曲折もありそうですね~

 

そんなふたりですが、常子の雑誌に花山が協力する理由を史実からひも解いてみました。

 

小橋常子の雑誌に花山伊佐次が協力する理由!

 

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まずドラマでは花山があれだけ拒絶していた常子の雑誌に1号だけ手伝うと

態度を軟化させるのは、常子の実家に行った後です。

 

実は常子は花山の喫茶店に行った際に忘れ物をしており、

律儀な花山はそれを実家に届けてくれます。

 

しかし母親の久子は花山を大工と勘違いして、雨漏りの修理をさせてしまいます。

 

花山の心変わりの詳細は不明ですが、どうやら久子とのやりとりを通じて

手を貸すことを決めたようです。

 

この流れは大橋鎭子と花森安治の史実をモチーフにしているように思います。

 

大橋鎭子と花森安治の史実はどうだった?

 

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大橋鎭子は日本読書新聞に在籍していた昭和21年(1946年)に独立して、

自分たちの雑誌を作ることを決意します。

 

その件について編集長の田所太郎に相談したところ、

花森安治に手伝ってもらうようアドバイスを受けます。

 

読書新聞は書評新聞なので鎭子のファッション誌とはお門違いでしたし、

花森を古くから知る田所は花森の美的センスや女性のファッションなどにも

造詣が深いことを知っていたからです。

 

当時は鎭子と花森は同僚でしたがほとんどあいさつ程度の仲でしたし、

何より鎭子が花森の顔を怖がって近づかなかったとのこと。

 

しかし意を決した鎭子は花森に神田のニコライ堂の近くの喫茶店で相談します。

 

ニコライ堂

(ニコライ堂)

 

鎭子は父を早くに亡くして母に苦労をかけたことや母を幸せにしたいことを挙げて、

女性のための雑誌作りを提案します。

 

花森も鎭子の親孝行ぶりには感心して、手伝ってくれることを約束します。

 

別の記事でも書きましたが、花森の父は放蕩が過ぎて財産すべてを失い、

花森が旧制高校に入学するまでは母のよしのが細腕で支え続けてくれました。

 

しかしそんなよしのも、花森が旧制松江高校に入学直後に苦労が祟って

急逝してしまいました。

 

恐らく花森としても母親に孝行できなかったという後悔の念もあったでしょうし、

鎭子の親孝行をしたいという気持ちに心を打たれたと思います。

 

さらに花森はその時に、戦争をしない世の中にしていくための雑誌を作ろうとも

言っています。

 

やはり大政翼賛会に在籍して、結果的には戦争を擁護してしまったことや

満州の軍隊時代のつらい経験などがあったようですね。

 

史実の鎭子と花森はこのような経緯で手を組むのですが、

恐らくドラマの花山伊佐次も常子の親孝行の気持ちや久子や家族を幸せにしたい

という願いに心を動かされるように思います。(久子を通じてですが)

 

また花山自身の戦争体験や内務省に勤務していたという経緯も絡んできそうですね。

 

ようやく手を組むことになるふたりの快進撃を期待しましょう!

 

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