とと姉ちゃん|大橋鎭子の日本読書新聞の同僚は柴田錬三郎!登場は?

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、鳥巣商事をクビになった常子は

ひょんなことから甲東出版に入社します。

 

紆余曲折ありながらも、ようやく常子が出版業界に入って奮闘する様が

描かれるのですが、ここまでドラマオリジナルの展開が長かった分、

期待も膨らみますね♪

 

別の記事でも書きましたが、常子が入社する甲東出版のモデルは

大橋鎭子が働いていた日本読書新聞です。

 

しかも当時の日本読書新聞の編集部には、後の直木賞作家の「シバレン」こと

柴田錬三郎が在籍していました。

 

この大物作家はドラマには登場するのでしょうか?

 

柴田錬三郎

 

大橋鎭子の日本読書新聞の同僚は柴田錬三郎! 登場は?

 

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柴田錬三郎が日本読書新聞に在籍するのは、終戦直後の

昭和20年(1945年)10月の再開時です。

 

同新聞は編集長の田所太郎ら編集部員の度重なる徴兵で同年の5月に休刊して、

そのまま終戦を迎えていました。

 

また柴田は既に昭和17年(1942年)から出征していましたが、

昭和20年に衛生兵として南方に派遣される途中、パシー海峡で乗っていた輸送船が撃沈され、

7時間も漂流するという九死に一生を得た経験もして復員しました。

 

柴田はそれまで日本読書新聞とは関わりがなかったものの、再刊時に合流して、

田所らとそれに尽力しました。

 

そして常子のモデルの大橋鎭子も戻ってきますから、

その頃にともに編集部で同僚として働いたことになります。

 

鎭子と柴田の関係は良好だったようで、後に鎭子が「暮らしの手帖」を刊行した際も、

柴田はたびたび執筆しています。

 

また柴田は後年に鎭子のことを「オールマイティーの女性だった」と語っています。

 

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柴田はその後日本読書新聞の編集長を務めながら執筆活動も並行しておこない、

本格的な文筆活動に入った後の昭和27年(1952年)に「イエスの裔」で直木賞を受賞します。

 

さらに昭和31年(1956年)から連載された「眠狂四郎」シリーズは大ヒットして、

一躍人気作家の仲間入りをしました。

 

このような活躍をする柴田錬三郎ですが、ドラマに登場するかは現時点で不明です。

 

※詳細が判明したら追記しておきます

 

登場する場合には谷(山口智充)や五反田(及川光博)らが戦争から復員して、

甲東出版を再開するころだと思われます。

 

また場合によっては、五反田に柴田の要素を含ませて描く選択肢もあるように思えます。

 

ちなみに余談ですが、大橋鎭子が日本読書新聞から日本出版文化協会の秘書室に

出向していた時の上司の古賀英正は、後に歴史小説や剣豪もので知られる作家の

南條範夫です。

 

この南條も昭和31年に直木賞を受賞し、「剣豪ブーム」の時には前記の柴田錬三郎らとともに

その人気を支えた作家のひとりです。

 

どうも大橋鎭子は直木賞作家、剣豪小説作家とは不思議な縁があるようですね♪

 

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