あさが来た|へぇさんこと山崎平十郎はなぜ加野屋に?功績は凄かった

 

朝ドラ『あさが来た』では、あさは加野銀行の開業へまい進することになります。

 

今井家の銀行設立から15年ほど遅れをとりましたが、銀行の開業は

あさの悲願でもあるので頑張ってほしいですね♪

 

そんな中、加野屋に変った男が現われます。

 

毎週月曜日に加野屋に現われては、「へぇ」しか話さない山崎平十郎です。

 

吉本新喜劇で座長を務める辻本茂雄さんがキャストの山崎平十郎ですが、

なぜ加野屋に現われたのでしょうか?

 

そして後に凄い功績を残すことになります!

 

へぇさんこと山崎平十郎はなぜ加野屋に?功績は凄かった

 

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実は「へぇさん」と呼ばれることになる山崎平十郎ですが、

元大蔵官僚という設定のかなり有能な人物です。

 

で、なぜ加野屋に現われたかと言えば、どうやら銀行で働くことを志しているようです。

 

何より平十郎は大蔵官僚で経済事情にも精通していることから、

これは加野屋にとっても渡りに船といったタイミングですね。

 

加野屋には江戸時代から勤める大番頭の雁助や中番頭の亀助がいますが、

明治の世になり日本の経済状況も驚くほど変化しました。

 

そのためこの先加野屋が大きく成長していくためには、

経済事情に通じている人材が必要です。

 

そしてこのインパクトのある登場の仕方をした山崎平十郎は、

今後大きな功績を残すことになります。

 

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このあたりは平十郎のモデルとなった中川小十郎と併せてご紹介していきます。

 

中川小十郎

 

中川小十郎は明治31年(1897年)に文部官僚から、加野銀行のモデルの

加島銀行へと転職します。

 

ただし、中川が加島銀行に在籍したのはわずか5年です。

 

しかしその5年間で中川は広岡浅子の右腕として、数多くの功績を残します。

 

中川は加島銀行の理事となるとともに、広岡家鉱業部の理事を兼任します。

 

当時の加島屋の広岡家の大きな収入源は加島銀行と潤野炭鉱の収益でしたから、

その要職に中川を据えたということは浅子や広岡家が中川の能力と人柄に

期待してでしょう。

 

さらに翌年には広岡家商事部理事と堂島米穀取引所の監査役に就任します。

 

この頃の中川は広岡家のビジネス全般に関わっていたのですが、

その実務能力の高さと経営手腕で広岡家のビジネス全体を立て直すことになります。

 

また元官僚でありながら、決しておごらずに温和な性格だった中川の人柄には

浅子も特に信頼を置いたそうです♪

 

そして中川の広岡家でのクライマックスというべき大仕事が、

生命保険会社三社の合併により大同生命を誕生させたことでしょう。

 

当初は各社ともに自社の利益をむき出しにしたことから、

この合併もご破算になると予想されました。

 

しかし温厚な中川は関係各所に赴いて、合併の意義やメリットを粘り強く説きました。

 

その結果、現在でも大手生命保険会社として知られる大同生命が誕生した訳ですが、

これも中川の功績によるものが大きかったと言えます。

 

そんな中川でしたが、大同生命誕生の翌年に すべての広岡家の職を辞して

教育事業へ進む道を選びます。

 

元々文部官僚であった中川には理想とする教育機関の設立という目標があり、

浅子も中川への恩に報いるために協力を惜しみませんでした。

 

そして広岡家からの多大な援助によって設立されたのが、

私立学校の京都法政学校です。

 

この京都法政学校は現在の立命館大学で、現在までに各界に多くの卒業生を

輩出してきた関西の名門私大です。

 

簡単に中川小十郎のキャリアをまとめましたが、なかなか興味深い人物ですよね~

 

ドラマでは大番頭の雁助が加野屋を去ることになりますが、その後釜として

中川がモデルとなっている「へぇさん」こと山崎平十郎が据わることになります。

 

果たして平十郎はいかにあさを支えて、加野屋を成長させるのでしょうか?

今から楽しみですね♪

 

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