わろてんか|戦時中の映画の検閲の実態に驚いた!

 

朝ドラ『わろてんか』では、他の記事でもご紹介した通り、伊能栞が

伊能商会を追われて北村笑店に入社することになります。

 

そして新設された映画部の顧問に就任して、てんらとともに自前の映画

「お笑い忠臣蔵」の製作に取り掛かります。

 

この映画は北村笑店の人気芸人が勢ぞろいする話題作ですが、時は既に

戦時下にあります。

 

そのため映画づくりも政府の検閲との戦いとなり、てんや伊能も苦戦することが

予想されます。

 

そんな戦前の映画の検閲の驚きの実態をご紹介します。

 

戦時中の映画の検閲の実態に驚いた!

 

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戦前の映画の検閲は、日中戦争が深刻化しはじめた昭和14年(1939年)の

映画法の制定により幅広くおこなわれることになります。

 

この法律によって外国映画が締め出され、娯楽映画や恋愛映画なども減少の

一途を辿ります。

 

その一方で国策映画が増えていき、「空の神兵」や「勝利の日まで」という

いかにもといったタイトルの映画も製作されています。

 

そして戦時中の映画の検閲の例としてもっとも有名なのが、昭和18

1943年)の「無法松の一生」です。

 

監督は日本の名監督のひとりとして知られる稲垣浩、主演は阪東妻三郎

(田村正和さんの父親)が務めました。

 

この映画はこの年のもっともヒットした映画でしたが、大幅な検閲が

おこなわれたことで知られています。

 

 

検閲によって削除されたのはクライマックスで、主役の無法松が献身的に

尽くしていた陸軍少尉の未亡人に彼女に対する思慕の念を打ち明けようと

しますが、それができずに「ワシの心は汚い」と一言言って去っていくところです。

 

これを見た検閲官の責任者は「夜這いだ」と激怒して、検閲基準の「風俗」に

該当するとして、このクライマックスは10分以上にわたってカットされてしまったのです。

 

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戦後に公開された完全版では、このシーンは復活して、その後に無法松は

酒に溺れて雪の中に倒れて死ぬというラストが描かれています。

 

ところが戦前版は未亡人を訪ねる前の小倉祇園太鼓の日に、無法松が祇園太鼓を

打つシーンがクライマックスとなっており、まったく別の映画のようになって

しまっています。

 

また他の映画の検閲の例を挙げますと、昭和19年(1944年)の映画

「還ってきた男」(川島雄三監督)では、軍医が汽車の中で軍服姿で

将棋を打つシーンが引っ掛かって、平服姿に改められています。

 

またこの映画では大阪の街を一望に眺めるシーンなどは、検閲によって

撮影許可が下りなかったそうです。

 

このあたりの理由はよくわからないですね。

 

一方で陸軍の要請で製作された国策映画「陸軍」のラストシーンは、戦時中の

検閲ギリギリでヒューマニズムを描いた名シーンとされています。

 

当時は戦争や出征を悲しむことはもちろんのこと、命を大切にしようという描写も

「命乞い」や「命を惜しむ」と解釈されて検閲に抵触してしまいました。

 

この映画ではヒロインの田中絹代さんが出征していく息子の部隊を追っていく

のですが、最後は群衆の流れに呑まれて引き離されてしまうシーンで終わっています。

 

(ラストシーン)

 

監督は日本映画の黄金期を築いたひとりとされる巨匠の木下惠介でしたが、

上記のラストシーンは息子を想う母親の心情などが如実に表現されており、

国策映画だったにも関わらず、よくもこのようなシーンが検閲を通過したとも

思えるほどです。

 

余談ですが、この映画をきっかけに木下は軍部に睨まれることになりました。

 

当時は映画の脚本は3本に1本しか検閲を通過できないほど厳しく運用されて

いたようですが、どうもその基準ははっきりせずに検閲官によってまちまち

だったようにも思えます。

 

ドラマでもこのあたりは描かれるはずですから、興味深いですね。

 

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2 Responses to “わろてんか|戦時中の映画の検閲の実態に驚いた!”

  1. yumi より:

     またこの映画では大阪の街を一望に眺めるシーンなどは、検閲によって撮影許可が下りなかったそうです。
    このあたりの理由はよくわからないですね。

     これは外国に「街の構造」という情報が漏れるのを防ぐためです。写真はもちろん、一般人はおろか小学生のスケッチさえも禁止されていました。

    • rekidora より:

      yumi様

      はじめまして!コメントありがとうございます。

      やはりそのような軍事上の理由だったのですね。

      とは言え、小学生のスケッチまで禁止したというのは驚きです。

      詳細及びご拝読ありがとうございました。

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