わろてんか|映画お笑い忠臣蔵のモデルは?驚きの事実も判明!

 

朝ドラ『わろてんか』では、伊能栞が伊能商会や伊能フィルムの社長職を

辞任に追い込まれてしまいます。

 

新世紀キネマの社長の工藤と手を組んだ伊能商会・専務の山下の裏切りが

原因ですが、その後伊能は北村笑店に迎え入れられることになります。

 

新設された北村笑店映画部の顧問となる伊能は、そこでてんたちと再び

映画づくりに取り組みます。

 

そしてその第一弾となるのが映画「お笑い忠臣蔵」です。

 

この映画は北村笑店の芸人たちが出演し、キースやアサリ、リリコや四郎なども

出演します。

 

とは言え、次第に戦時色も強くなっていくことから、映画づくりも難航するようです。

 

そんな北村笑店の映画「お笑い忠臣蔵」のモデルはあるのでしょうか?

 

驚きの事実とともにご紹介します。

 

映画お笑い忠臣蔵のモデルは?驚きの事実も判明!

 

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まず北村笑店の映画「お笑い忠臣蔵」には明確なモデルは存在しません

 

当時の吉本興業部は既に映画づくりに参入していましたが、「お笑い忠臣蔵」の

モデルのような作品は見当たりませんでした。

 

ところが当時は「忠臣蔵」の映画は、各映画社がこぞって毎年のように制作

されていたのです。

 

昭和12年(1937年)に日中戦争が勃発し、後に泥沼化して太平洋戦争に発展

していきます。

 

そんな中、昭和14年(1939年)には映画法も制定されて検閲が強化されて、

娯楽映画や恋愛映画が徐々に排除されていき、忠義や忠孝の精神を描く映画が

多く制作されていきます。

 

そんな世相にもっともマッチした作品が「忠臣蔵」だったのです。

 

忠臣蔵は言わずと知れた赤穂事件を題材にした作品で、江戸時代から

庶民の人気も非常に高いものでした。

 

内容的にもまさに忠義、忠孝がメインテーマですから、この時期の映画の題材

としてはうってつけと言えるものでした。

 

現に日中戦争勃発から終戦までに制作された「忠臣蔵」の映画は、

以下のようになっています。

 

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昭和14年 「忠臣蔵」(大都映画) 出演:阿部九州男、松村光夫

昭和14年 「元禄快挙余譚」(松竹) 出演:土屋主税、林長二郎

昭和15年 「忠臣蔵・天の巻」「地の巻」(日活) 出演:阪東妻三郎

昭和16年 「忠臣蔵・前編」「後編」(東宝) 出演:大河内伝次郎

昭和18年 「元禄忠臣蔵・前編」(松竹) 出演:河原崎長十郎

昭和19年 「元禄忠臣蔵・後編」(松竹) 出演:河原崎長十郎

 

(日活の忠臣蔵のポスター)

 

当時の名のある映画会社がこぞって忠臣蔵の映画を製作したことがわかりますね~

 

太平洋戦争末期には物資や人材不足で映画づくりそのものが困難となって

いきますが、中期までには盛んに忠臣蔵ネタの映画が作られています。

 

また当時は演劇や舞台などでも忠臣蔵は頻繁に上演されており、

まさに世の中は忠臣蔵だらけだったようです。

 

そんな時勢がドラマの「お笑い忠臣蔵」の下敷きにあるようです。

 

ちなみに戦前の吉本興業部に所属した松鶴家光晴・浮世亭夢若のコンビの

人気のネタに「お笑い忠臣蔵」というものがありました。

 

このあたりもヒントになっているのかもしれませんね~

 

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