わろてんか|団吾(だんご)のラジオ出演は実話!春団治のラジオ出演事件とは

 

朝ドラ『わろてんか』では、北村笑店所属の落語家・月の井団吾がラジオ番組に

出演することになります。

 

この頃にはラジオが普及しはじめて、ラジオ局も落語は貴重なコンテンツになると

考えて、団吾に出演を依頼します。

 

しかし藤吉も風太も所属芸人のラジオへの出演は大反対。

 

要はラジオで演目を聞くことができるのならば、寄席に人は来なくなると考えるからです。

 

団吾師匠は久々の再登場となりますが、またまた騒動を起こすようです。

 

そしてこのあたりのエピソードは初代桂春団治が起こした、「ラジオ出演事件」

下敷きになっています。

 

 

団吾(だんご)のラジオ出演は実話!春団治のラジオ出演事件とは

 

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桂春団治のラジオ出演事件が起こったのは、昭和5年(1930年)127日のことでした。

 

当時の吉本興業部は芸人がラジオに出演すると寄席の客が減るとして、

ラジオへの出演を厳禁していました。

 

ところが大阪放送局(現在のNHK大阪放送局)は人気絶頂の春団治に目をつけ、

吉本には秘密裡で交渉を重ねます。

 

その結果、170円もの高額の出演料で話がまとまって、春団治のラジオ出演が決まります。

 

大阪放送局側は吉本に気取られないために、あえて大阪ではなく、京都駅前の

丸物物産館内に特設スタジオを設置して放送はおこなわれました。

 

番組内では春団治は「祝い酒」という演目を演じましたが、やはり人気者の彼だけに

大阪放送局の思惑は当たって、大きな反響を呼びます。

 

もちろん春団治のラジオ出演はすぐに吉本興業部の知るところになるのですが、

当時の総帥だった吉本せいの怒りは大きかったと言います。

 

吉本興業部の動きは早く、春団治の自宅と彼が経営する春団治茶屋に役人を送って、

家財道具など一式を差し押さえています。

 

当時の彼は吉本興業部に6,000円もの借金があり、それを理由とした差し押さえでした。

 

せいとしてもこれを許しては他の芸人たちに示しがつかないと考え、売れっ子の春団治

であっても、厳格な処分を下したのでしょう。

 

ところが春団治は自分の口に差し押さえの紙を貼って、「噺家も口を差し押さえられた

ら、何もしゃべれまへん」とこんなことさえも笑いに変えてしまっています。

 

 

ところがこの春団治のラジオ出演事件によって、彼の人気はさらに上がり、

大勢の客が寄席に押し寄せています。

 

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これは当時の吉本せいや吉本興業部にとっては予想外の反響で、これをきっかけに吉本は

積極的に芸人たちをラジオに出演させる方針に切り替えます。

 

このあたりは物事に柔軟に対応できる吉本ならではですが、すぐに大阪放送局と和解

して、南地花月からの寄席の中継などをおこなっています。

 

このように春団治のラジオ出演事件はまさに「災い転じて福となる」の一例でした。

 

ドラマでも団吾は藤吉や風太に無断でラジオ番組に出演するでしょうが、

それは北村笑店に大きな福をもたらしそうですね♪

 

また今日では考えられないことですが、春団治のラジオ出演事件で吉本を出し抜いたのは、ドラマを制作するNHK大阪局です。

 

このあたりはどのように描かれるかも興味深いですね。

 

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