わろてんかに吉本新喜劇は登場するの?

 

 朝ドラ『わろてんか』で北村笑店のモデルとなっているのが吉本興業です。

 

同社は言わずと知れた一大芸能プロダクションですし、現在でも多くの人気芸人を抱えています。

 

そんな吉本興業の名物と言えば「吉本新喜劇」です。

 

現在でもなんばグランド花月で公演がおこなわれ、関西圏では毎週土曜日には

テレビ中継もおこなわれています。

 

また財津一郎さんや間寛平さんらも新喜劇出身ですし、亀井役で出演している

内場勝則さんは現在も座長を務めています。

 

かなり根強い人気を誇る吉本新喜劇ですが、ドラマで描かれるのでしょうか?

 

 

わろてんかに吉本新喜劇は描かれるの?

 

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吉本新喜劇が誕生したのは、昭和34年(1959年)のことです。

 

他の記事でもご紹介しましたが、戦前にお笑い王国を築き上げた吉本興業ですが、

戦後は花菱アチャコ以外の芸人を全員解雇して演芸界から身を引いていました

 

吉本興業は終戦直後は進駐軍専門のキャバレーや洋画専門の映画館、その後は

ボウリング場などを経営してこの時期を乗り越えています。

 

映画産業の成長とともに、もはや演芸に伸びしろはないとの経営判断でしたが、

その後のテレビやラジオの普及で状況は大きく変わっていきます。

 

昭和30年代に入るとテレビやラジオに押される形で、映画産業に翳りが見えはじめます。

 

また漫才や落語などの演芸もテレビやラジオにコンテンツのひとつとして取り上げられた

ことから、再び演芸ブームが巻き起こります。

 

そのため吉本の社内からも演芸界への復帰を求める声が多くなり、その結果昭和34年に

うめだ花月をオープンさせて、14年ぶりに吉本興業は演芸界に戻ってきます。

 

ドラマのアサリのモデルとなっている花菱アチャコを目玉にそえて、吉本新喜劇は

スタートしています。

 

 

ところが当時の演芸界は既に松竹の天下でした。

 

また当時の松竹新喜劇は藤山寛美や渋谷天外などを擁して、義理人情もので人気を得ていました。

 

そのため吉本興業は松竹との差別化を図るため、徹底的なドタバタ路線で吉本新喜劇を

スタートさせたのです。

 

現在でもドタバタ路線で知られる吉本新喜劇ですが、このような方向性を取らざるを

得ない事情があったのです。

 

で、ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、このような吉本新喜劇がドラマ内で

描かれる可能性はかなり少なようです。

 

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と言いますのは、ドラマの放送開始時の案内ではドラマで描かれるのはヒロインてんが

50になるまでです。

 

てんが子役から葵わかなさんに変わった時の舞台が明治43年(1910年)で、

てんが17歳の時でした。

 

とすれば彼女が50歳になるのは、昭和18年(1943年)のことです。

 

またてんのモデルとなっている吉本せいも、昭和25年(1950年)に60歳で亡くなっており、

吉本新喜劇を見ることはありませんでした。

 

このような状況を考えると、ドラマ描かれるのは終戦前後までで、やはり吉本新喜劇が

登場することはなさそうですね~

 

とは言え、ドラマ内では新喜劇のテイストが随所に散りばめられていますし、

前述の内場さんや藤井隆さんら新喜劇で知られた役者さんも出演していますので

ヨシとしましょう♪

 

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