わろてんか|安来節乙女組はどうなる?いつまで登場するの?

 

朝ドラ『わろてんか』では、安来節のブームの到来を予感した藤吉らは

現地で人材を発掘して、安来節乙女組を結成させます。

 

メンバーは都(大後寿々花)、なつ(畦田ひとみ)、とわ(辻凪子)、

あや(鈴木球予)の4名ですが、なかなか上達しません。

 

特にメンバーのうちとわは上達が遅くて、ホームシックにもなることから、

半ば「お荷物」となってしまいます。

 

そんな安来節乙女組の今後はどうなるのでしょうか?

 

 

安来節乙女組はどうなる?いつまで登場するの?

 

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鳴り物入りで企画された北村笑店の安来節乙女組ですが、

当初はメンバー間の諍いなどもあって問題も山積します。

 

そのため風太が総監督に任命されて指導するのですが、なかなかうまくいきません。

 

さらには風太はリリコに彼女たちの稽古をお願いますが、その厳しさから

乙女組はリリコに猛反発することになります。

 

このように安来節乙女組が北村笑店の「商品」になるまでは、

かなり手がかかるようです。

 

このあたりはドラマでは彼女たちの成長ぶりを描くために、このような流れ

にしているのでしょう。

 

とは言え、最終的には乙女組は踊りや歌も上達して、北村笑店の

貴重な戦力になることは間違いありません。

 

史実上はドラマの風太のモデルにあたる林正之助が安来節ブームの仕掛け人

でしたし、実際に吉本の花月の寄席にも多くの安来節の演者が出演して

好評を得ているからです。

 

他の記事でもご紹介しましたが、安来節乙女組の明確なモデルはいない

ものの、大正後期のブームはすさまじく、上方でも首都圏でも多くの寄席が

安来節を導入しています。

 

このような史実に鑑みれば、ドラマの安来節乙女組も最終的には

かなりの人気を得るはずです。

 

とは言え、史実の安来節のブームも一過性のものでした。

 

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昭和の時代に突入すると、安来節のブームもだいぶ落ち着いたものになりました。

 

女性演者の生足など当時としてはエロチックな要素があったことから

根強い人気もあって、吉本でも昭和10年(1935年)頃まで安来節を

高座に上げています。

 

しかしやはり安来節は「芸」と呼べるほどの洗練されたものではなかった

ことから、落語や漫才などと肩を並べるほどの存在にはなりませんでした。

 

ドラマでも恐らくは安来節乙女組の出演も、13週と14週に限られるものと

思われます。

 

ですが乙女組に関しましては、かなり凝縮された人間ドラマも展開されるようです。

 

彼女たちがプロの演者になるまでの成長ぶりにも注目ですね♪

 

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