あさが来た|鉱山王の五代友厚は何をやってたの?その功績が凄い!

 

朝ドラ『あさが来た』では、あさ(波瑠)は再び加野炭鉱へと向かうことになります。

 

操業を再開した加野炭鉱ですが、まだまだ問題は山積しており、

あさはこれから炭鉱の改革に着手していくことになります。

 

またそんなあさのもとに五代友厚がやってきて、「ファーストペンギン」

のたとえであさを激励します。

 

この頃の友厚は多くの鉱山を経営しており、 「鉱山王」の異名をとるほど

大阪では大物実業家となっていました。

 

あさの加野炭鉱を訪れたのも、経営する鹿児島の鹿籠金山へ

行く途中に立ち寄ったものです。

 

友厚はすでにあさの実家の今井家と懇意となるなど、大物感が漂ってきましたね~

また、あさに加野屋の今後などにも的確なアドバイスをしていました。

 

とはいっても、ドラマでは大阪カンパニー構想後、

友厚自身が何をやっているのかは描かれてません

 

この頃の五代友厚はいったい何をやっていたのでしょうか?

なぜ鉱山王と呼ばれたのでしょうか?

 

当時の友厚の活動をまとめてみました。その功績が凄いです!

 

鉱山王・五代友厚は何をやっていたの?

 

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まずこの頃(明治5~6年)の五代友厚の主な収益は、

大半は経営する金銀分析所のものです。

 

明治4年(1871年)に明治政府が新貨条例を出して、世の中に流通していた

様々な通貨を「円」に統一することを決めました。

 

この頃は、明治政府が発行した太政官札や徳川時代の小判や一分判金、

一分銀、丁銀、天保通宝、寛永通宝、ローカルな藩札や地方貨などが

入り乱れていました。

 

このような状態ですから、明治政府は通貨として全国的に通用する

貨幣の発行を急いでいました。

 

と、同時に世の中に流通している上記の貨幣の回収もおこなわなければなりません。

 

そこに目を付けた五代友厚は、全国各地から小判や丁銀などの金銀類(偽物も含む)

を買い集めて、潰して地金にしていきました。

 

また新貨幣の発行を準備していた明治政府の造幣寮(現在の造幣局)も、

友厚の地金を いくらでも買い入れました

 

しかも当時、このビジネスをやっていたのは友厚だけ。まさに独占事業

友厚は巨万の富を手にして、これを新たなビジネスの資金源としました。

 

なるほど~友厚のこの事業はドラマでは描かれませんでしたが、

舞台裏では友厚はガッチリと稼いでいたのですね~♪

 

次に友厚が手がけた大きな事業は鉱山の経営です。

これが友厚が鉱山王と呼ばれるゆえんになったのです。

 

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明治政府が新貨幣の発行のために、大量の金、銀、銅などを必要としていることを

商売柄わかっている友厚は、金や銀の回収と並行して、

金山や銀山などの経営に乗り出します。

 

全国各地で金や銀の買い付けをおこなっていた友厚ですが、

「それだったら直接掘っちゃえ!」ということだったのでしょう。

 

豊富な資金力を背景に友厚は多くの鉱山を開発、買収して、

その傘下に収めることになります。

当時の友厚が経営していた主な鉱山は、次のとおりです。

 

半田銀山(福島県)

佐渡金山、生野銀山とともに日本の三大鉱山とも、石見銀山、生野銀山と

並び三大銀山とも呼ばれた国内屈指の銀山。明治天皇も視察に訪れたほど。

 

半田銀山

(明治時代の半田銀山)

 

鹿籠金山(鹿児島県)

ドラマでも名前が登場するこの金山はもともと薩摩藩が経営していた金山。

比較的小規模ながら、まずまずの産出量だった言われています。

 

友厚はその他にも、赤倉銅山、栃尾銅山、峯山銀山、天和銅山、和気銅山、

大久保銅山、大立銀山、新慶銅山、助代銀山、豊石銅山、水沢鉱山、

神崎鉱山など数えきれないほどの鉱山を所有していました。

 

いや~この友厚の行動力も素晴らしいですね~新貨幣の鋳造のために金や銀、

銅が必要であることを知るや、瞬く間に多くの鉱山を開発したり買収したりしています。

 

あさはこの時期炭鉱に目を付けますが、友厚は鉱山だったのですね~

 

さらにここで手にした大きな利益は、その後の貿易会社や電鉄会社、

商船会社に回すことになります。

 

ドラマでは今井家の忠興(升毅)の世の中の流れを読む様や動きの早さなどが

描かれますが、実はこの友厚も負けず劣らずの読みと動きのよさ

 

本当に友厚は一流の実業家でありましたし、友厚や忠興から商売を学んだ

あさにとっては、このふたりはまさに生涯の師匠とも言える存在ですね♪

 

ドラマには描かれていない五代友厚の事業やビジネスですが、

持ち前の商才でしっかり稼いでいたのです!!

 

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2 Responses to “あさが来た|鉱山王の五代友厚は何をやってたの?その功績が凄い!”

  1. 佐藤次郎 より:

    生田銀山ではなく、生野銀山ですよね。

    • rekidora より:

      佐藤次郎様

      コメントありがとうございます♪
      おっしゃるとおり生野銀山です。

      いや~三大銀山の名前を間違うなんて恥ずかしい限りです~
      高校の授業などでも必死に覚えた名前だったのですが…

      初心に帰って頑張りますw
      ご指摘ありがとうございました!

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