朝ドラ「あさが来た」波瑠演じる今井あさのモデルの広岡浅子の生涯

 

NHKの新朝ドラ『あさが来た』がいよいよはじまります。

 

ヒロインの今井あさ役には、2590人のオーデションを勝ち抜いた波瑠さん。

 

他にも宮崎あおいさん、玉木宏さん、寺島しのぶさんや萬田久子さん、

近藤正臣さんなど豪華キャストも注目です。

 

ドラマは実話をベースにしながらも、登場人物や企業や団体名を

大幅に脚色した形式になります。

前々回の朝ドラの『マッサン』と同様ですね♪

 

ところで波瑠さんが演じる今井あさ のモデルは、明治から大正時代に活躍した

日本の女性起業家の先駆けで、実業家、教育者の顔を持つ広岡浅子です。

 

この広岡浅子は起業家、実業家としての業績はもちろんのこと、

女ながら豪快な人物だったことから、たびたび小説などにも登場します。

 

しかし意外なことにテレビドラマ化されるのははじめてで、

「女傑」とも呼ばれた浅子の映像化は非常に楽しみです。

 

そんな広岡浅子の生涯をざっくりとまとめてみました。

本当に豪快な女性で、波乱万丈の人生でした。

 

今井あさのモデル広岡浅子の生涯は?

 

広岡浅子3

 

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広岡浅子は1849年(嘉永2年)10月18日に

現在の京都府の山城国で生まれました。

 

当時の日本は徳川時代。ちょうど4年後の1853年には、

浦賀にペリーが黒船を率いて現われて日本中を驚かせます。

 

浅子は小石川三井家の三井高益の四女として生まれます。

三井家は後の財閥の三井家の流れの豪商です。

 

浅子は17歳で大阪の豪商で両替商の加島屋の次男広岡信五郎

(ドラマでは玉木宏さん演じる白岡新次郎)に嫁ぎます。

 

ところが当時は明治維新の動乱期。両替商という商売も時代遅れになっており、

取引先の大半が諸藩であった加島屋の経営は一気に傾きます。

 

それを立て直したのが浅子や夫の信五郎でした。

浅子は新たなビジネスに参入することで、加島屋の経営を再建することを考えます。

 

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詳細は今後の記事に譲りますが、様々な失敗を経て筑豊炭鉱の潤野炭鉱の開発、

優良炭鉱化に成功します。

 

その際には浅子自ら炭鉱に乗り込んで護身用のピストルを懐に忍ばせて、

炭鉱夫らと寝食をともにしたといいますから、

いかに浅子が豪胆であったことがわかりますね。

 

その後も時代に先駆け加島銀行大同生命を創業し、

加島屋を大阪の有力な金融財閥へと発展させます。

 

また浅子は女性ゆえ、好きだった学問に打ち込めなかった過去があることから

女子教育にも積極的に関わるようになります

 

そして実業家としてのパイプを活用して、1901年(明治34年)に

日本女子大学校を設立に導きます。

 

日本女子大学校は、現在の日本女子大。名門女子大として知られ政財界や文壇、

マスコミや芸能界にも多くの卒業生を送り出しています。

 

非常にざっくりと広岡浅子の生涯をまとめてみましたが、

浅子の座右の銘は「九転十起」です。

 

つまり「九回転んでも、十回起きる」という

超ポジティブな浅子の性格を示しています。

 

もちろんこの「九転十起」の心境に至るまでには、

浅子が経験した苦労は計り知れませんね。

 

上記の実業家としての浅子の成し遂げた事業はもちろんのこと、

注目すべきは浅子は単なる女性実業家ではなく、

 

女子大学校を設立したり、女子教育や女性の地位の向上

といった社会貢献までしていることです。

 

ご存知の通り戦前の日本では女性には選挙権が認められないなど、

現在とは比較にならないほど、女性の地位は低いものでした。

 

そのような世の中を変えていったのは多くの女性活動家です。

そういった意味でも女性の社会運動の黎明期といえる明治時代に、

 

積極的に女子教育の向上に貢献した浅子の取り組みは、

後の女性の地位の向上に計り知れない影響を与えたといっても

過言でないでしょう。

 

時は男尊女卑の風潮が濃かった明治から大正期。そんな中、

明るく前向きに生きた浅子の生涯が新朝ドラ『あさが来た』で描かれます。

 

朝ドラ初出演のヒロインの波瑠さんの演技や浅子をモデルとしている

今井あさのキャラクターもどのように描かれるかなど、話題も尽きませんね。

 

注目の『あさが来た』の第1話は、9月28日(月)からです!!

 

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