べっぴんさん|キアリスのモデルはファミリア!なぜ成功した?

 

 朝ドラ『べっぴんさん』では、ヒロインのすみれ(芳根京子)は

終戦後に、女学校の同級生たちと子供服店を立ち上げます。

 

ところがすみれたちはみな資産家の令嬢で、商売を知らないどころか

外で働いた経験すらありません。

 

予想に反してそんな素人たちが立ち上げた子供服店は評判になり、

商売も軌道に乗ります。

 

それが後に成長していきキアリスという会社になるのですが、

そのモデルとなったのは子供服大手のファミリアです。

 

現在は日本各地のデパートに出店し、多くの愛用者もいます。

 

そんなファミリアの成功の秘訣は何だったのでしょうか?

 

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キアリスのモデルはファミリア!なぜ成功した?

 

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ドラマのキアリスのモデルとなっているファミリアは、

昭和23年(1948年)に神戸の三宮で坂野惇子らが

靴屋の一角を借りてはじめたベビーショップ・モトヤがルーツです。

 

昭和25年(1950年)に株式会社ファミリアとなり、

その後も成長を続けて今日に至ります。

 

昭和25年当時の年間の売上は1,500万円あまりでしたが、

昭和31年度は1億円を超え、創業から20年後の昭和51年度に至っては

100億円を突破しています。

 

4人の素人が始めながらも、とてつもなく順調に業績を伸ばすことになった

同社ですが、成功の理由は様々考えられます。

 

しかし個人的には同社が「子どもにとっての愛情を真剣に考え、

なくてはならない商品を提供する会社」という経営理念を曲げなかった

ことが第一と考えます。

 

そしてその具体例としては、以下のようなことが挙げられます。

 

(商品の品質にこだわり抜いた)

 

他の記事でも書きましたが、同社は創業から一貫して商品の品質

こだわっています。

 

詳しくは以下の記事で確認してほしいのですが、創業当時は深刻な

衣料品不足でとにかく作れば売れる状況でした。

 

粗悪品でも欠陥商品でも飛ぶように売れた時代ですが、

同社は決して目先の利益を追求することなく、高品質にこだわり続けました。

 

その結果、創業から10年余りで皇室御用達となって、

世間の認知度や信頼性も大きく増すことになります。

 

※同社の商品へのこだわりの詳細はこちら

べっぴんさん|ファミリアはなぜ皇室御用達になったのか?

 

(商品の売り方にこだわり抜いた)

 

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同社は阪急百貨店と組んで業績を伸ばしていくのですが、

その際にも独自の売り方をしています。

 

現在のデパートはリスクを低くするために、場所だけを貸して

テナント料を徴収する方式が一般的ですが、昭和30年代は

デパートが商品を買い取って販売する方式が一般的でした。

 

もちろんこのほうが製造元にとってはリスクが低いのですが、

同社は製品を阪急百貨店が買い取って売ることを断っています。

 

現在のテナント販売や委託販売の走りですが、あえてこのような方式

をとったのが阪急の社員への不満からです。

 

阪急百貨店の売り場の下見をした際に惇子たちが目にしたのは、

売れ残った商品を段ボール箱に放り投げる社員たちの姿。

 

確かに社員たちも効率よく仕事をしなければならないところでは

あったのですが、彼女たちにしてみれば心を込めて丁寧に仕上げた製品が

そのような扱いを受けるのが許せませんでした。

 

また製品をそんな扱いにする阪急の社員たちの販売方法も疑問に感じ、

自分たちには不利にも関わらず、あえてテナント販売という方式をとりました。

 

その上で販売員は言葉づかいや所作の正しい良家の子女を採用して、

丁寧な接客にもこだわりました。

 

このように現在に至るまで同社は自社の製品を自分たちで採用した

販売員にのみ扱わせているのですが、このような接客や売り方は製品や

ブランドイメージを大いに高めることになりました。

 

(ロングセラーが多い)

 

同社の特徴のひとつとして、ロングセラー商品が多いことが挙げられます。

 

関西圏では「ファミカバン」の通称で呼ばれるデニムバッグは

およそ60年前に誕生したものですし、「ファミちゃんTシャツ」も

昭和32年(1957年)に発売が開始されたものですが、現在でも売れています。

 

長く売れる商品が多いということは、商品の改良にも力を入れている証拠です。

 

次々に新製品を出して、旧製品はおざなりになってしまう会社も多い中、

同社はひとつひとつの製品を大切にしていることがわかりますね♪

 

(ベビーブームに乗った)

 

ファミリアの前身のベビーショップモトヤが開店したのは

昭和23年(1948年)のことでしたが、前年から昭和25年あたりにかけて

日本では未曾有のベビーブームが訪れていました。

 

当時はまだまだ子供服や赤ちゃん用品は買うのもではなく、

自分で作るものでしたのでそれらを扱う専門店は非常に少なかったのです。

 

時代の後押しも成功の一因となりました。

 

細かいことを挙げればキリがないのですが、このような実例は

すべて経営理念とする「子どもにとっての愛情を真剣に考え、

なくてはならない商品を提供する会社」であるためです。

 

株式会社である以上利潤は追求しなければならないのですが、

決して安易な商売をしなかったのもこの会社の特徴です。

 

あくまでも赤ちゃんやお母さんを第一にするスタンスを貫き通しているのです。

 

このあたりは創業者の惇子たちが、まったく商売を知らない素人であった

ということも大きかったのかもしれません。

 

また経済的に恵まれた幼少期を過ごしたので、お金にさほど執着心がなく

淡泊だったこともプラスに働いたようですね。

 

実際に惇子は戦後間もない時期に得意の洋裁の技術を活かして、

近所の子どもたちの服を直す仕事をしています。

 

しかしどうしてもお金をくださいと言い出せず、

その報酬をもらうことができずじまいでまったく割に合わずに終わっています。

 

まさに「お嬢様育ち」らしいエピソードですが、そんな既存の商法などとは

無縁だった彼女たちだからこそ、ファミリアの成功があったようにも思えます。

 

ドラマでもこのあたりは存分に描かれることでしょうし、

すみれたちが立ち上げる会社キアリスにも期待したいところですね!

 

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