とと姉ちゃん|父小橋竹蔵は西島秀俊!モデルの大橋武雄の悲運な生涯

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』でヒロイン・小橋常子(高畑充希)の幼少期に、

大きな影響を与えるのは父の竹蔵(西島秀俊)です。

 

ドラマでは竹蔵は浜松の染物工場の営業部長という設定で仕事熱心にも関わらず、

それでいて家族を深く愛しているというキャラクター。

 

性格も温厚で取引先の信頼も厚い人物といいますから、竹蔵はまさに理想の父親

といった感じですね♪

 

そんな竹蔵でしたが、常子が10歳の時に結核で亡くなってしまいます

 

しかし竹蔵の死の間際の言葉によって、竹蔵の代わりに常子は母と

ふたりの妹を背負って奮闘します。

 

常子が「とと(父)姉ちゃん」と呼ばれる由来は竹蔵の遺言ですし、

生涯小橋家の家長として邁進していくことになるのですね~

 

そんな常子の父の竹蔵のモデルは、大橋鎭子の父の武雄です。

 

実際の大橋武雄はどのような生涯を送ったのでしょうか?

 

父小橋竹蔵は西島秀俊!モデルの大橋武雄の悲運な生涯

 

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※調査中の項目は事実が判明次第、追記あるいは修正いたします

 

大橋鎭子の父の武雄は岐阜県養老郡時村(現在の大垣市)で、

名字帯刀を許された裕福な家庭に生まれました。

 

武雄は次男だったことから、10歳の時に親戚筋の大橋谷吉・きん夫婦の

大橋家の養子に出されました。

 

この大橋家も東京の深川で材木商を営んでおり、暮らしぶりは

比較的裕福だったそうです。

 

また武雄は頭脳明晰で名門の東京第一中学(現日比谷高校)を卒業後、

北海道帝国大学(現北海道大学)へと進学します。

 

祖父母たちは東京帝国大学に進学してほしかったのでがっかりした

そうですが、いずれにしても武雄は優秀だったのでしょう。

 

その北海道で武雄は、運命の人となる宮原久子

(ドラマの小橋君子のモデル)と出会うことになります。

 

大橋武雄 久子夫妻

(大橋武雄と久子)

 

武雄は大学卒業後にいったん東京へ戻りますが、大正8年(1919年)に

当時北海道に工場があった中越製布に入社し、同年の5月に

久子と結婚をします。

 

そして大正9年(1920年)に誕生したのが、ドラマのヒロイン小橋常子の

モデルとなる大橋鎭子です。

 

翌大正10年(1921年)に武雄が北海道の工場へ転勤となって、

武雄の一家は北海道へと移り住みます。

 

ドラマでは武雄がモデルの小橋竹蔵は浜松の染色会社の営業部長の設定ですが、

実際の武雄は製布会社の工場長でした。

 

そして北海道で武雄と久子は、次女の晴子、三女の芳子をもうけます。

 

三人の愛娘と好きだった北の大地で暮らしたこの数年間が、

恐らく武雄の幸せのピークだったように思われます。

 

しかし幸せは長くは続きませんでした。

 

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武雄はその後、結核を患ってしまい会社も退職。

一家は大正15年に東京へと戻ってきます。

 

当時は結核は不治の病。樋口一葉や宮沢賢治、滝廉太郎や中原中也なども

若くして亡くなっています。

 

それからというものの、一家は武雄の療養先となる伊東、鎌倉、

大森などを転々とします。

 

しかしその甲斐もなく、武雄は昭和6年(1931年)に他界してしまいます。

享年38歳。

 

武雄の葬儀ではわずか10歳の常子が喪主を務めていますが、恐らくこれは

武雄が亡くなる間際に常子に母親を助け、妹の面倒を見るように言った

遺言の影響かとも思われます。

 

このように娘たちの成長を見届けることもできずに幸せの絶頂期に夭折した武雄ですが、

その遺志はしっかりと長女の常子に受け継がれました。

 

常子は小橋家の家長として「一家を守る」という決意のもと、当時としては画期的だった

暮らしの総合雑誌を出版して成功させるのです。

 

西島秀俊さんが、このような悲運の父・武雄をどう演じるのか楽しみですね。

 

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2 Responses to “とと姉ちゃん|父小橋竹蔵は西島秀俊!モデルの大橋武雄の悲運な生涯”

  1. 神田嘉人 より:

    私の曽祖父は中越製布の創業者ですが、当時北海道に工場はありませんでした。
    当時日本製麻という麻業界の名門企業がありましたが、のちに破産しています。
    現在東証二部の会社日本製麻は、そのかつての同名企業とは一切関係がありません。中越製布の後身中越紡織を昭和三十年初、敵対的に株を買い占め、経営権をにぎり、日本製麻と改名しただけのものです。

    • rekidora より:

      神田嘉人様

      コメントありがとうございます。
      また貴重な情報ありがとうございました。

      さっそくですが、記事に関しては訂正させていただきます。
      お手数をおかけしましたが、感謝いたします。

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