とと姉ちゃん|暮しの手帖の商品テストのその後や現在!変遷に驚いた!

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、「あなたの暮し」は公開商品試験に臨み、

試験の公正性とアカバネ電器製造との抗争に決着をつけることになります。

 

消費者の暮しの向上のため、そして製品の品質向上のためにはじめた

商品試験でしたが、結果の偽装疑惑なども噴出して、

一転して同誌はピンチに陥ります。

 

公開商品試験では逆転ホームランが予想されますが、

このあたりは楽しみですね♪

 

ところで商品試験のモデルとなったのは、

「暮しの手帖」の商品テストです。

 

昭和29年(1954年)の26号のソックスからはじまった人気企画ですが、

その対象は衣食住のあらゆるジャンルに及びました。

 

特に高度経済成長期に訪れた家電ブームの際には、

製品は非常に高価で欠陥商品も少なくなかったことから、

それらを端的に指摘した同誌は多くの支持を得ることになりました。

 

そんな「暮しの手帖」の商品テストのその後や現在

どうなったのでしょうか?

 

その変遷に驚きました!

 

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コンテンツ

暮しの手帖の商品テストのその後や現在!変遷に驚いた!

 

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ドラマでは昭和49年(1974年)まで描かれることになりますが、

その後も「暮しの手帖」の商品テストの企画は好評で、

昭和52年(1977年)には雑誌の発行部数も90万部台となります。

 

しかし1980年代に入ると同誌も部数を大幅に減らしはじめます。

 

その理由のひとつとして挙げられるのが、この時期の日本製の製品の

大幅な品質向上です。

 

特に電化製品などは、1970年代後半くらいから世界的に日本製の認知度が

高まっていくことになります。

 

そのため各メーカーの製品はどれもそれなりの性能を有しており、

欠陥商品や壊れやすい製品も減ったことから、

 

「暮しの手帖」の商品テストの社会的な意義も徐々に小さくなっていた

と思われます。

 

つまり昭和30年代のように、商品を買う前に暮しの手帖をチェックする

必要がなくなっていったのです。

 

このような世の流れに対応すべく、同誌の商品テストも

その内容を変遷させていくことになります。

 

かつては「冷蔵庫」や「洗濯機」、「トースター」などの大まかなジャンル

でしたが、1980年代の後半あたりから従来のテストに対象をより細分化

したものを加えていきました。

 

たとえば「女性用のウォーキングシューズ」や「小型で軽いカメラ」のテスト

といったようにです。

 

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さらに格安の製品のテストも増えていくことになります。

 

これらはたとえば「5000円以下の充電カミソリ」や「半値のスニーカー」

など。

 

つまり格安品がそれなりの性能を備えたものかどうかを検証して、

本当に買って大丈夫なのかを紹介しています。

 

それとは逆に、「2万円前後のナベ」など高価な商品のテストも

おこなっています。

 

これも高価な製品が、本当にそれだけの価値を有しているのか

検証したものです。

 

また高い製品と安い製品を比べてみる企画などもおこなっています。

 

さらには電動自転車や節水型全自動洗濯機など、当時は発売されたばかりの

最先端の商品の試験結果も紹介しています。

 

馴染のない最先端の商品ですと、消費者も購入するか否かの指標を求めますので、

それに応える企画ということですね。

 

加えて現物の商品ではなく、サービスの検証も行いはじめます。

 

たとえば、宅急便やコンビニの各社ごとのサービスを検証して、

どこが使い勝手がいいのかなどを紹介しています。

 

このように時代の変遷や日本製の製品の品質の向上に伴って、

「暮しの手帖」の商品テストもそれらに柔軟に対応していったのです。

 

当時は初代編集長の花森安治は既に他界していましたが、

社長の大橋鎭子以下、知恵を使って世の中のニーズに応えようとしていた

のですね♪

 

このように驚きの変遷を見せて進化していった商品テストですが、

残念ながら現在ではおこなわれていません

 

平成19年(2007年)2月に外部から招へいした松浦弥太郎氏が

編集長に就任した際に、同月発行の第4世紀26号(通巻426号)をもって、

商品テストは終了しました。

 

人手とコストがかかることがその理由として挙げられましたが、

当時の「暮しの手帖」は部数減に悩まされていましたから、

 

大幅な改革の象徴として長年にわたり目玉企画となっていた

この企画をやめたと思われます。

 

当時は大橋鎭子も現場を離れ、社主に就任していたとは言えまだ健在でした。

 

花森安治とともに人気企画に育て上げ、そして同誌の名を世間に知らしめた

商品テストの中止は、鎭子にとっては恐らく断腸の想いだったはず。

 

このような経緯で商品テストは変遷を遂げ、53年にもわたる歴史に

ピリオドを打ったのです。

 

ちなみに最終回は、「銀行のサービスをテストする」でした。

 

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4 Responses to “とと姉ちゃん|暮しの手帖の商品テストのその後や現在!変遷に驚いた!”

  1. ラブターン! より:

    今は商品試験をしていないのですか。
    とても残念です。
    今の社会、試験して欲しいものが沢山ありますよね。
    例えば、この世に有り余っているお菓子で美味しいものなど。(笑)
    本当に無念です。

    ズレますが、この気持ちは、とと姉ちゃんも抱いていたと思うと、少し親近感を覚えます。

    また、最後の商品試験が銀行のサービスについてというのは驚きですね。これならお金もかからないと思うのに、商品試験をやめてしまったのはやはり残念ですね。

    長文&乱文すみません。

    • rekidora より:

      ラブターン!様

      そうなんですよ~商品テストをやめた当時、「暮しの手帖」は
      かなりの危機的な状況だったようで、編集長に就任した松浦氏の
      改革案の目玉が商品テストをやめることだったそうです。

      ドラマでもありましたが、かなりの経費と手間がかかっていた反面、
      花森時代からの目玉企画だったので、やめるにやめれなかったようですね。

      ただし、日本製の性能も上がり、虚偽表示なども厳しくなった現在は
      商品テストも一応の役割を終えたともいえますね~

      暮らしの手帖がやらなくても、各メーカーでやってますし♪

      ですがご指摘のようにテストをおこなってほしいものもありますよね!
      そのあたりはちょっと残念ですね。

  2. ラブターン! より:

    そうですね。
    ただ、花山さんからの目玉企画といえども、時代は変化しますからね、ずるずる続けるのも良くないと思います。だから、その時の社長さんの考えも正しいのではないでしょうか。
    私はそう考えます。

    長文&乱文すみません。

    • rekidora より:

      ラブターン!様

      そうなんですよ~かなり思い切った改革だったようですが、
      結果的には松浦氏の指揮のもと若い読者を獲得できたようですし、
      成功だったようですよ♪

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