とと姉ちゃん|三女の美子の死や最後|モデルの大橋芳子の病気や死因

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、「あなたの暮し」の編集部に

花山伊佐次が復帰して、第6号も大ヒットします。

 

これにより崖っぷちだった会社の経営状態も改善し、

今後は様々なヒット企画などを世に出していきます。

 

「あなたの暮し」の快進撃もはじまりそうですが、

花山や常子らと並んで注目なのが三女の美子

 

そもそも花山が編集部に戻ってきたのも彼女のお手柄ですし、

今後も好きなファッションや服飾の分野で雑誌に大いに貢献しそうです。

 

ところでそんな美子の死や最後はどのようなものになるのでしょうか?

 

モデルとなった大橋三姉妹の三女芳子の生涯からひも解きます。

 

大橋芳子

(晩年の芳子(左)。手前は鎭子)

 

三女の美子の死や最後|モデルの大橋芳子の病気や死因

 

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美子のモデルの大橋芳子は「暮しの手帖」の創業時からのメンバーですが、

思いのほか資料が残っていません。

 

生前に姉の鎭子が残した書籍などにもさほど多く触れられていません。

 

21歳で入社した暮しの手帖社では、デスク一筋。

 

このあたりはドラマの美子が服飾担当となっている点とは異なります。

 

肩書は編集部次長で、社長の鎭子、編集長の花森安治に次ぐ

NO.3の立場にいました。

 

※実際の序列は花森→鎭子→芳子

 

と言っても姉の鎭子と同じように、雑誌の創刊時には何でも担当したようで、

作家などへの原稿の交渉なども得意だったようです。

 

さらには気難しい花森のアシスタントも務め、地方取材にも助手として

しばしば同行しています。

 

生涯を通じて独身だったことでも知られ、姉の鎭子とともに80代まで

現場で指揮をとっていました。

 

芳子が現場を離れた時期は不明ですが、5つ上の姉の鎭子が社長を離れ、

社主に転じた平成16年(2004年)あたりだと思われます。

 

しかしその後は同社の取締役を務め、その職のまま亡くなることになります。

 

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芳子が亡くなったのは平成26年(2014年)10月21日で享年89歳。

 

死因は老衰でした。

 

病気などは不明ですが恐らく80歳を超えても編集部で仕事をしていますから、

鎭子と同様体は丈夫だったと思われます。

 

亡くなる前年の3月に鎭子は亡くなっていますから、その後を追うかのような

死となりました。

 

独身であったことから鎭子同様、葬儀の喪主は二女の横山晴子が務めています。

 

それにしても大橋家の三姉妹は長生きですね~

 

二女の晴子さん94歳になる現在でもご存命ですし、長女の鎭子は93歳、

芳子も89歳まで生きています。

 

このような生涯の芳子でしたが、恐らくドラマの美子の死や最後は

描かれないように思います。

 

亡くなるとしてもヒロインの常子の後ですし、常子の死自体も

ドラマで描かれるかは微妙ですから…

 

ですが三女の美子は長きにわたり花山をサポートして、

その死後は姉の常子の支えとなりそうですね。

 

ドラマでもかなり高齢になるまで常子とともにあなたの暮しに

携わることになるでしょうから、この小橋姉妹のコンビにも注目です!

 

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