とと姉ちゃん|次女鞠子と平塚らいてうのエピソードは実話?お汁粉は?

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』に、平塚らいてう(真野響子)が登場します。

 

前作の朝ドラでもらいていは登場しましたが、その時はどちらかといえば

ヒロインの敵役のような存在。

 

今回は「あなたの暮し」に随筆を執筆するという設定で登場。

 

しかしらいてうは信頼している編集者としか仕事をしないことから、

いかに彼女を説得して原稿を執筆してもらうのかが見どころになりそうです。

 

特に常子たちの雑誌「あなたの暮し」は創刊間もないことから、

らいてうの執筆はかなりハードルが高そうに思えます。

 

しかしこの大役を果たすのが次女の鞠子です。

 

鞠子はらいてうに思いの丈を伝え、何とか依頼を快諾してもらうことに成功します。

 

ところでらいてうは実際に「暮しの手帖」に寄稿していますが、

ドラマのエピソードは実話なのでしょうか?

 

平塚らいてう

 

次女鞠子と平塚らいてうのエピソードは実話? お汁粉は?

 

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平塚らいてうが「暮しの手帖」に随筆を執筆したのは

昭和24年(1949年)1月の第2号です(当時62歳)。

 

「陰陽の調和」というタイトルで、料理研究家の中江百合が

らいてい宅を訪れた時に手料理で歓迎した様子が綴られています。

 

女性解放運動などで弁士として知られる彼女としては意外な内容と

思えるかもしれませんが、これは彼女に限ったことではありませんでした。

 

「暮しの手帖」には創刊時から、高名な小説家や著名人が寄稿していますが、

その内容は日常生活のちょっとした気づき生活の工夫についてなど。

 

やはり同誌が主に主婦層をターゲットとする総合生活誌なので、

高名な小説家と言えどもあくまでもその趣旨に沿う内容を寄稿しています。

 

ドラマでは次女の鞠子は尊敬するらいてうに女性が堂々と社会進出

できるような文章を願いますが、らいてうはそのような内容は

 

「あなたの暮し」にふさわしくないと言って、

お汁粉の作り方とそれに関する随筆を執筆することを提案します。

 

実はこれは前記の第2号の「陰陽の調和」で登場した「ゴマじるこ」について

読者からレシピの問い合わせが多く、第4号でらいていがそれを披露した

エピソードが下敷きになっています。

 

実際に彼女はお汁粉に関する文章を「暮しの手帖」に寄稿していたのです♪

 

では実際にらいてうに原稿を依頼したのは、鞠子のモデルの

大橋(横山)晴子だったのでしょうか?

 

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これに関しては資料などがなく正確なところは不明ですが、

恐らく交渉したのは大橋鎭子のように思えます。

 

作家たちへの交渉は主に鎭子の仕事でしたし(たまに三女の芳子もおこなった)、

何より鎭子はこのあたりの交渉が非常に上手なことで知られています。

 

またらいてうも鎭子も日本女子大学校の出身(鎭子は中退)ですから、

そのような経緯もあって寄稿に至ったと考えます。

 

ちなみに晴子は文学少女ではなく、ドラマの鞠子がらいてうに憧れるなどの

エピソードなどもドラマオリジナルです。

 

そのため原稿依頼のための交渉なども史実ではないでしょう。

 

とは言え、鞠子にとってこれが最後の大仕事になります。

 

この仕事を成し遂げたことで彼女は水田との結婚を決意し、

あなたの暮し出版を退職することになります。

 

彼女の最初で最後の大仕事に注目です!

 

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