とと姉ちゃん|常子の歯磨きのモデルはオーシー歯磨き!史実はどう?

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、常子が自家製の歯磨きを作って、

販売することになります(商品名はKT歯磨き)。

 

歯磨き作りは、苦しい小橋家の家計を助けようとするのはもちろんのこと、

大学への進学を希望する鞠子の夢を叶えるために学費を稼ぐためです。

 

このあたりのエピソードは、常子のモデルの大橋鎭子が歯磨きを作って

その販売を計画したことに基づいています。

 

女学生が歯磨きで商売をするなんて、なかなか大胆で興味深いエピソードと

なっていますので、こちらを紹介していきます。

 

練り歯磨き

 

常子の歯磨きのモデルはオーシー歯磨き! 史実はどう?

 

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常子のモデルの大橋鎭子が歯磨きを作ったのは、昭和9年(1934年)のことで

当時は14歳でした。

 

ドラマでは常子は昭和11年(1936年)に16歳で歯磨きを作ることになりますが、

実際はその2年前のことでした。

 

鎭子が歯磨き粉を作ったきっかけとなったのが、母親の久子の歯槽膿漏です。

 

久子は牛込区(現在の新宿区)にあった陸軍第一病院の歯科に通っていたのですが、

主治医は軍医で満州に転属することになりました。

 

その際、主治医は歯槽膿漏を防ぐ歯磨き粉のレシピを久子に教えました。

 

そこで久子と大橋家の三姉妹はレシピ通りに歯磨き粉を作ったのですが、

これが効果抜群で久子の歯槽膿漏も治っていきました。

 

そのため鎭子は第六高等女学校の同級生にもその歯磨き粉を配りましたが、

非常に好評でした。

 

すると同級生の母親から、この歯磨き粉を売ることを提案されました。

 

当初は歯磨き粉で商売をすることはまったく考えていなかった鎭子ですが、

多くの人の歯槽膿漏が治ることも考えて、歯磨き粉を売りに出すことを決めました。

 

しかし資金がなかったことから、深川の材木置き場の権利

(恐らく父親の武雄の両親から相続したもの)を売ったり、

久子の父親の宮原満吉の援助などにより製造道具などを揃えました。

 

当時の具体的な金額は不明ですが、後に鎭子が1000万円くらいだった

と述べていることから、けっこうな金額を準備したようです。

 

専用の石臼やローラーで作った材料に、ハッカとミントで味をつけた練り歯磨きを

チューブに詰めました。

 

歯磨きはけっこうなデキだったようで、鎭子や一家はこれでお金の心配のない世界へ

行くことができると、かなりの幸福感に浸ったようです。

 

ところが思わぬ誤算もあって、いきなりつまずくことになります。

 

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それは歯磨き粉のチューブが、しばらくしたら破裂してしまうことです。

 

その理由は明らかにされていませんが、どうやらチューブにはアルミを

使っていたようで、アルミは酸やアルカリに激しく反応しますから、

気体が発生してチューブが破裂したようです。

 

そこで陶器の容器に切り替えて、名前も「オーシー歯磨き」として、

瓶の底には「OC」のマークも入れました。

 

ちなみに名前のオーシーですが、大橋のOと鎭子のCをとったものです。

 

遂に完成したオーシー歯磨きですが、今度は予期せぬことが起こりました。

 

実は歯磨き粉を売り出すように勧めてくれた同級生の親は、

その後の資金提供も約束していました。

 

さすがに歯磨き粉の製造道具は高価だったようで、大橋家はその後の

運転資金までは確保できていなかったようです。

 

しかし資金提供を約束してくれた同級生の一家に何かあったようで、

資金提供の約束も反故になってしまいました。

 

鎭子らが道具を準備してせっかく作ったオーシー歯磨きでしたが、

残念ながらその販売計画は水泡に帰することになってしまいます。

 

このような経緯で大橋鎭子の歯磨き粉の計画はとん挫してしまいましたが、

母親の助けがあったとはいえ、このようなことを14歳で実行に移す

行動力はさすがですね~

 

鎭子も出版社時代には様々なことに前向きに取り組んで、ガッツ溢れる

行動を起こしますが、そのバイタリティは少女時代に培われたものだったのですね~

 

この歯磨き粉作りは鎭子の少女時代の数少ないエピソードですから、

ドラマでも描かれることになります。

 

経緯なども含めてだいぶ脚色されるようですが、

常子の歯磨き粉作りにも期待しましょう!!

 

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