とと姉ちゃん|青柳商店が辿る悲劇的な運命とは?史実はどうだった?

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、常子、鞠子、美子の小橋家の三姉妹は、

母親の君子とともにその実家の青柳商店に身を寄せることになります。

 

青柳商店は、東京の深川で200年も続く老舗の材木問屋です。

 

さすがに老舗だけあって大きな屋敷ですし、お抱えの職人たちも多いですね~

 

父親の竹蔵が亡くなってからは、小橋家も金銭的に困窮したことから、

常子らも青柳商店での暮らしに大きなギャップを感じるはずです。

 

ところでドラマの舞台となっているのは、昭和10年(1935年)の

深川・木場です。

 

リアルの深川・木場は江戸初期から木材の集積場として栄え、

青柳商店のような老舗の材木問屋が立ち並んでいた場所です。

 

しかし実はこのあたりの材木問屋はその後、

戦争により大打撃を被ることになります。

 

そしてドラマの青柳商店も悲劇的な運命を辿ることになるのです。

 

青柳商店が辿る悲劇的な運命とは?史実はどうだった?

 

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ドラマの青柳商店ですが、まずは昭和14年(1939年)に発令された

価格等統制令に直撃されることになります。

 

この価格等統制令とは日中戦争の長期化による物資の欠乏や物価の高騰

に対処するために、政府が昭和14年9月18日の価格を上限として、

これ以上の値上げを禁止したもの。

 

価格等統制令

 

この時期は物資の欠乏に加え、アメリカなど日本の中国侵攻へ反対の国々が

日本への輸出を規制したことから、物価がどんどん上昇していました。

 

それを解消して、物価の飛躍的な上昇を抑え、国民生活を守ることを目的に

価格等統制令は定められたのですが、その影響をモロに被ったのが売り手です。

 

材木問屋も例外ではなく、外国からの輸入価格が上昇しているにも関わらず、

値上げできないという状態に陥ってしまいました。

 

当時は闇市場に物資を流してしのぐ業者が多発しましたが、

老舗の青柳商店はそれをせずに経営はかなり苦しくなるようです。

 

そんな青柳商店にさらなる追い打ちをかけるのが、昭和16年(1941年)の

木材配給制です。

 

これにより木材の取引は国が設立した会社にすべて統制されることになり、

青柳商店などの深川の材木商も個人営業が禁じられることになります。

 

青柳商店も統制下で営業することは可能でしたが、女将の滝子は

質の悪い木材を扱うことで晩節を汚したくないと考え、

200年にわたる暖簾を降ろす決断をします。

 

滝子が女手一つで守り抜いた青柳商店の暖簾ですが、

戦争によって悲劇的な運命を辿ることになります。

 

史実はどうだった?

 

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ドラマでは青柳商店は価格等統制令で大きなダメージを受け、木材の配給制で

店を閉めることになりますが、このあたりは史実に忠実です。

 

実際に深川・木場の多くの材木商は価格等統制令でダメージを受け、

昭和16年に木材配給統制のための株式会社日本木材統制が設立されると

存在意義を失っていきます。

 

翌年には東京の木材を統制する株式会社大東京木材統制が発足すると、

深川の問屋同業組合は解散し、深川や木場は完全に機能を失い街の灯は消えます。

 

さらに深川の街に止めを刺したのが、昭和20年(1945年)3月10日の

東京大空襲です。

 

これにより深川の街はほぼ焼失して、甚大な犠牲者が出ることになります。

 

ドラマでは大空襲以前に青柳商店は暖簾を降ろすことになりますが、

これは何だか製作陣のせめてもの親心のようにも思えます。

 

とは言え、大空襲の被害には遭わないものの、結局は青柳商店は戦争によって

息の根を止められることになります。

 

やはりこの時期を背景としているドラマには、戦争の暗い陰は避けては通れない

ようですね。

 

今のうちに女将の滝子の健在ぶりと青柳商店の活気を、瞼に焼き付けておくことに

します。

 

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