とと姉ちゃん|常子のモデル大橋鎭子は東京深川にも住んでいないの?

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、ヒロイン常子(高畑充希)ら小橋一家は

生まれ育った静岡県浜松市を後にして、東京の深川へと

移り住むことになります。

 

一家が深川へと移住するのは、経済的に苦しくなったことから君子

(木村多江)の実母の青柳滝子(大地真央)を頼るため。

 

君子と滝子は確執により長い間絶縁状態でしたから、深川移住後は

ひと騒動も起こりそうですね~

 

ところで他の記事でも書きましたが、ヒロインの常子のモデルの

大橋鎭子はドラマのスタートの舞台となった浜松では生まれていないですし、

育ってもいません。

 

ドラマの次の舞台となる東京深川と大橋鎭子の関係はどうなのでしょうか?

 

常子のモデル大橋鎭子は東京深川にも住んでいないの?

 

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ヒロイン常子のモデルの大橋鎭子ですが、東京深川には住んでいました。

 

と言っても、生まれてから1年くらいの期間です。

 

鎭子の父親の武雄は現在の岐阜県大垣市の出身ですが、

10歳の時に親戚筋の大橋谷吉・きん夫婦のもとに養子に出ています。

 

そして谷吉・きん夫婦は、東京の深川で材木商を営んでいました。

 

そのため武雄は深川で育って、鎭子もこの地で生まれています。

 

鎭子の出身は東京の深川ということになりますが、生まれた翌年の

大正10年(1921年)に武雄の転勤で北海道の小沢(現岩内郡共和町小沢)

に引っ越しています。

 

大橋一家はその後、武雄が結核を患い退職し、その療養のために

東京に戻ってきますが、深川には住んでいません。

 

そして武雄が亡くなって、鎭子が女学校に通っていたころは、

大橋一家は下大井の鹿島町(現品川区大井)に住んでいました。

 

なので鎭子はさほど深川と縁はなく、少女時代の大半を過ごしたのは

下大井のほうです。

 

とは言っても、深川は今でも東京の下町として人気のスポットですし、

ドラマの舞台としてはインパクトは強いはず。

 

またドラマの滝子も前記の父方の祖父母に、母方の祖父の宮原満吉を

ミックスしたようなキャラクターなのでこのようにしたと思います。

 

ただし、ドラマの舞台を東京深川としたことで気になる点があります。

 

それは昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲です。

 

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この空襲は「下町空襲」とも呼ばれるように、当時の深川区や本所区、

浅草区、日本橋区などが標的にされました。

 

そして死者10万人、罹災者100万人という空前絶後の被害を出した空襲で、

単独空襲としては現在でも世界史上最大規模です。

 

そのため当時の深川は焼け野原と化し、多数の犠牲者も出ました。

 

東京大空襲

(大空襲直後の深川近辺)

 

ドラマの小橋一家が浜松から深川に転居するのは昭和10年(1935年)ですから、

その10年後に東京大空襲が起こることになります。

 

小橋一家は滝子の青柳商店、後に一家が転がり込むことになる仕出し屋の

森田屋など、深川でも多くの人びとと新たな縁を結ぶことになります。

 

さすがに東京大空襲の史実を曲げるわけにはいかないでしょうから、

このあたりはとても心配ですね~

 

滝子の青柳商店にしろ、森田まつ(秋野暢子)が大女将として仕切る森田屋も、

地元に密着したかなり歴史のある老舗ですから気がかりです。

 

ちなみにリアルの大橋鎭子ですが、品川目黒方面の東京大空襲の被害は

それほどでもなかったことから無事でした。

 

東京大空襲は先の話ですが、とりあえずドラマも大きく動きそうな

東京深川編に期待しましょう!!

 

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