とと姉ちゃん|常子の通う女学校のモデルは第六高女!凄い学校だった!

 

朝ドラ『とと姉ちゃん』では、女学校に通う常子(高畑充希)が

描かれることになります。

 

高等女学校の四年生になった常子は明るい性格で、学内でも人気者になります。

 

また妹の鞠子(相楽樹)も常子と同じ女学校の三年生で、成績が優秀で

学年でも一目置かれる存在となっています。

 

ところで常子のモデルとなっている大橋鎭子が通った女学校は、

東京府立第六高等女学校(第六高女)です。

 

この第六高女は現在の都立三田高校ですが、当時としてはかなりユニークな

教育方針の凄い学校でした!

 

常子の通う女学校のモデルは第六高女!凄い学校だった!

 

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もともと大橋鎭子の進学先の第一志望は、日本女子大学の付属女学校で

筆記試験と面接試験は合格しますが、最後の抽選に漏れてしまいます。

 

鎭子は文化学院と第六高女に合格していましたが、

母親の久子の勧めで第六高女に進学します。

 

第六高女で5年間を過ごした(当時の女学校は現在の中学と高校を兼ねていた)

鎭子でしたがとてもいい時間を過ごしたようで、同校を「心のふるさと」などと

呼んでいます。

 

当時の第六高女は都内でもトップレベルの女学校でしたが、

初代校長の丸山丈作のもと非常にユニークな教育をしていました。

 

丸山丈作

(丸山丈作)

 

とにかく生徒の健康を第一に考えて、体育の時間が1週間で4、5時間あったり、

頻繁に遠足なども催されました。

 

さらには第六高女は学校にプールが珍しい時代に、なんと温水プール

設備を備えていました。

 

日本は海に囲まれた国で川も多いので、川や海に落ちた場合でも

命を失わないように女学生のうちに泳ぎを教えることが目的でした。

 

さらに一人ひとりに泳ぎをみっちり教え込むためには夏しか使えない

屋外のプールよりも、一年中使える温水プールでということでした。

(女生徒の水着姿を晒さないという理由もあったようです)。

 

また今では考えられないことですが当時の第六高女は、

通信簿定期試験がありませんでした。

 

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しかしその反面「不意試験」(抜き打ち試験)が多く、生徒たちは熱心に

勉強したそうです。

 

さらには第六高女は大正12年(1923年)の開校以来、

修学旅行をおこなっていることで知られていました。

 

現在では当たり前の修学旅行ですが、当時はおこなっている学校は

まだまだ少なかったのです。

 

第六高女では「女の人は卒業すると旅行ができなくなるから」という理由で、

社会勉強の場としての修学旅行に力を入れていました。

 

実際に5年生の時に修学旅行に行った鎭子でしたが、

その内容は東京から四国・九州を13日間で回るという非常に充実したもの。

 

このように当時の第六高女は、かなり先進的なカリキュラムを導入していたようです。

 

戦前でありながら温水プールや修学旅行などは、ちょっと驚きですよね!

 

鎭子もこの学校で伸び伸びと育ったようで、後に暮らしの手帖の創刊メンバー

となる親友の中野家子(ドラマでは阿部純子さんが演じる中田綾のモデル)

とも知り合っています。

 

鎭子自身も当時の第六高女への感謝を一生忘れなかったと言いますから、

本当に通学した5年間は財産になったようです。

 

ドラマでもヒロインの小橋常子は、女学校で後の人生に影響を与える

恩師の東堂チヨ(片桐はいり)や前記の中田綾らに出会うことになります。

 

モデルとなった大橋鎭子と同じく、伸び伸びと学ぶことになりそうな女学校時代は

今から注目ですね♪

 

ちなみにドラマでは常子は浜松の女学校に進学しますが、一家の東京・深川への

転居とともに、東京の女学校へ転校します。

 

第六高女がモデルとなっている女学校は、常子の転校先の東京の女学校です。

 

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