まんぷく|今井福子(安藤サクラ)のモデルは安藤仁子!どんな人物?

 

朝ドラ『まんぷく』で安藤サクラさんが演じるヒロインは今井福子という女性。

 

安藤さんは既婚者で30歳を過ぎており、NHKの朝ドラとしては藤山直美さん(芋たこなんきん)やシャーロット・ケイト・フォックスさん(マッサン)などと並ぶ型破りなヒロインとなりそうです。

 

そんな福子のモデルとなっているのは、日清食品の創業者・安藤百福(ももふく)の妻の安藤仁子(まさこ)です。

 

周知の通り百福はインスタントラーメンの開発者で、チキンラーメンやカップヌードルなど、現在でもベストセラーとなっている商品を手掛けたことで知られています。

 

その妻で福子のモデルとなっている仁子についてご紹介します。

 

 

今井福子(安藤サクラ)のモデルは安藤仁子!どんな人物?

 

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安藤仁子(あんどう まさこ)

 

 

1917816-2010317日(没年92歳)

 

安藤仁子は大正7年(1917年)に福島県で生を受けています。

 

実家は二本松神社の神職の家系で、この神社は二本松藩時代には総鎮守とされていた地元では名門の神社です。

 

父親は安藤重信、母親は安藤須磨といいますが、兄弟姉妹などは現時点で不明です(当時は多産の時代だったので、恐らくは仁子にも兄弟姉妹はいると思われます)。

 

父親の重信はエリートで土木技師を務めており、高梁ダム(岡山県)の設計などに関わっていました。

 

ところが幼い時に父親が亡くなってしまい、仁子は母親とともに大阪に出ています。

 

そのため実家がある福島県の二本松で暮らしたのは、幼少期のごくわずかな時期のみです。

 

それでも名家の子女らしく高等教育は受けており、大阪の金蘭会高等女学校(現在の金蘭会高校)を卒業しています。

 

当時は1930年代前半ですから、高等女学校に通学する女子生徒はまだまだ珍しかった時代です。

 

女学校卒業後の仁子の詳細は不明ですが、後に夫となる百福とは社交クラブの大阪楽部で出会っています。

 

大阪楽部は当時の関西圏の成功者にとってはステータスだった社交クラブで、メリヤスなどの商いで成功した百福もその会員でした。

 

仁子はこの大阪楽部の受付嬢をしており、1943年(昭和18年)ごろに百福と知り合っています。

 

百福はこの仁子に一目ぼれをしてプロポーズをしますが、当時は台湾籍(名前も呉百福だった)だったことから仁子はなかなか首を縦に振りませんでした。

 

しかし1945年(昭和20年)にふたりは結婚します(当時の仁子は28歳)

 

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で、結婚後の仁子の大きなエピソードなどはほとんどありません(細かいのは多少ありますが)。

 

どうやら仁子は控えめな女性で表に出ることがさほど多くなく、百福も必要以上に仁子のことは語っていません。

 

例外的に百福がチキンラーメンを開発した時に、彼女が天ぷらを揚げている様子を見て着想を得たことが語り継がれています。

 

また百福はかなりの関白亭主で、ビジネスのためなら家庭を顧みなかったので、仁子は家事や育児全般を任されており、まさに典型的な家庭を守る女性でした(当時としてはこれは普通ですが)

 

そのため仁子は様々なビジネスを立ち上げて失敗し、最終的にはインスタントラーメンで成功した夫を支え続けた「糟糠の妻」といったイメージでしょうか?

 

(晩年の安藤夫妻)

 

ドラマでも仁子がモデルの福子に関しては、ドラマオリジナルのエピソードがかなり多く挿入されることが予想されます。

 

またNHKの朝ドラに合わせてモデルの人物の生涯についての書籍なども多く販売されることから、仁子に関する新事実も判明するかもしれません。(その場合にはガッツリ追記しておきます!)

 

なお百福がモデルの福子の夫の立花萬平(長谷川博己)に関してはかなりのエピソードがあるので、その都度ご紹介していきます。

 

いずれにしても仁子がモデルの今井福子が、どのようなキャラクターとして描かれるかについては興味深いところですね♪

 

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