まんぷく|即席ラーメンの類似品や偽物は?実話が凄かった!

 

朝ドラ『まんぷく』では、萬平は「即席ラーメン」の開発に成功します。

 

他の記事でもご紹介しましたが、この「即席ラーメン」のモデルは安藤百福が開発した「チキンラーメン」です。

 

チキンラーメンは1958年(昭和33年)に百福が開発して商品化したのですが、以降は売れまくって不動の人気商品となります。

 

ところがベストセラーになった後は類似品や偽物に悩まされることになります。

 

そのためドラマの「即席ラーメン」も同じ経緯を辿ると思われますが、実話をご紹介します。

 




 

コンテンツ

即席ラーメンの類似品や偽物は?実話が凄かった!~①

 

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安藤百福のチキンラーメンは発売から売れに売れ、発売の翌年の1959年(昭和34年)に朝日新聞の全国版に広告を出すと売上に拍車がかかり需要が爆発的な需要となります。

 

百福は開発直後に大阪市の東淀川区に工場を設けましたが、翌年の12月には大阪の高槻市により大規模な工場を建設するなどしており、その売れっぷりも想像することができます。

 

当時は日清食品の経営も完全に軌道に乗った頃ですが、次なる問題が偽物や類似品の登場です。

 

百福は人が良く、工場を見たいという人には請われるままに工場に案内し、製造方法まで隠すことなく教えていました。

 

ところがこれがアダとなって、続々と類似品や偽物が登場することになります。

 

 

まず工場の技術者たちの引き抜きがはじまりました。

 

月給12000円で働いていた技術者が何と月給10万円プラス支度金という破格の条件で引き抜かれ、設立当初から苦楽をともにしていた技術者たちが次々と会社を去ることになります。

 

すると同じ製法でインスタントラーメンを作る会社が13社も現れたと言います。

 

しかもそれらの会社の商品名はすべて「チキンラーメン」で、商品名だけではなくデザインまでそっくりだったのです。

 

チキンラーメンのデザインは百福の友人の画家の竹内仙之助に描いてもらったもので、15本のセピア線に袋の真ん中に卵型の透明部分を描いていますが、もっとも悪質だったのは透明部分の形を少し変えて、セピア線が斜めになっているものでした。

 

これはもはや類似品の域を超えている「偽物」でした。

 

百福は高槻工場が完成した1959年の12月にチキンラーメンの商標登録をしていたのですが、まだ確定してない時期でした。

 

さすがにこれらの類似品は酷かったので(味や品質も劣悪だった)、百福は大阪地方裁判所に類似品を作った13社相手に不正競争防止法違反で提訴しています。

 

そして1960年(昭和35年)3月に判決が出て勝訴、「チキンラーメン」は日清食品の著名商標として認められ、類似品はデザイン差し止めの仮処分が出されています。

 

ところが問題はそれで終わらずに、敗訴した13社はなんと「全国チキンラーメン協会」なる組織を作って異議を申し立ててきたのです。

 

彼らの主張は「チキンライス同様、チキンラーメンは普通名詞にすぎない」といった驚きのものだったのです!

 

技術者を引き抜いて百福が苦労してひねり出した製法を「パックった」ばかりか、名称までもを日常的、普遍的なものと主張してきたのです。

 

しかも「全国チキンラーメン協会」ばかりではなく、ピーク時は全国で360社もがインスタントラーメンを販売しています。

 

しかし1961年(昭和36年)9月にチキンラーメンの商標登録が確定して、他社は「チキンラーメン」の商品名を使用できなくなっています。

 

ようやく問題解決と思いきや、ところがこれでも問題は終わらなかったのです。

 

即席ラーメンの類似品や偽物は?実話が凄かった!~②

 

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今度は製造工程が微妙に違う他社との製法特許紛争が勃発したのです。

 

日清食品は油熱乾燥法などの「即席ラーメンの製造法」と他社から買い取った「味付け乾の製法」の2つの特許を19611月に特許庁に出願していたのですが、これと類似する製法をいくつもの他社が出願してきたのです。

 

1962年に日清食品の特許が認められていますが、この争いは1964年(昭和39年)までのべ3年間に及んでいます。

 

こうして「チキンラーメン」はようやく法的にも日清食品のものとなっていますが、類似品や偽物対策には大変な苦労を重ねています。

 

こんな経緯にも関わらず百福は特許を取得しても独占するつもりはなく、要望があって契約条件が折り合えば、いつでも使用許諾しています。

 

そのため使用許諾を得て日清食品と同じ製法でインスタントラーメンを製造する会社は61社に及びました。

 

また百福は「日本ラーメン工業協会」(現在の日本即席食品工業協会)を設立して初代会長にも就任しています。

 

百福が特許を独占しなかったことに関しては以下のように語っています。

 

「私が特許を独占すれば、日清食品は大きくなるかもしれない。しかし、しょせん野中の一本杉に過ぎない。業界全体で力を合わせて、大きな森として発展するほうがよいのではないか」

 

この百福の英断によってインスタントラーメンの業界は発展し、大きな産業となっていったのです。

 

以上がチキンラーメンの類似品や偽物の実話です。

 

これらは非常に大きなエピソードですから、ドラマの「即席ラーメン」も類似品や偽物の登場に悩まされることになるはずです。

 

このあたりは大きな見どころになりそうですし、楽しみですね♪

 

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2 Responses to “まんぷく|即席ラーメンの類似品や偽物は?実話が凄かった!”

  1. Satoru H より:

    チキンラーメンを商品を売り出した1958年は昭和でいうと33年かと思われます。

    • rekidora より:

      Satoru H 様

      はじめまして、ご連絡ありがとうございます。

      確かに1958年は昭和33年ですね~

      ちょっとお恥ずかしい限りの誤植でした。

      お忙しい中、本文のご拝読とご連絡は感謝いたします。

      ありがとうございました!

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